ヴァンパイアハーフにまもられて
「カーくん……?」
「うそでしょう……?」大鴉さんが青ざめている。「完全にカラスの鳴き声に引っ張られてるじゃないですか……しかもよくよく聞いてみてください、カラスは、言うほどカーとは鳴いてませんよ……?」
そ、そっか。
大鴉さんのイメージ。大鴉さんの鳴き声。
懸命に思い出して、それを文字に落とし込む。
「ごあーくん……?」
「それも鳴き声由来ですよね……?」
「あ、じゃあ、ほげーくん!」
「いつ誰がほげーと鳴きましたっ!? 凛殿、小説家志望でしたよね? それが本気のネーミングなのですか……?」
「い、一応……。うう、どうしよう、もうなにも思いつかない……!」
両手で横から頭を押さえて悩む私に、まゆがぽんぽんと肩をたたいてきた。
「あ、じゃあさ、あたしが考えてもいい?」
「ううー。助けて、まゆ」
まゆは、大鴉さんのほうを向いて、人差し指を立てた。最近のまゆのくせだな、これ。
「では、あたしの案です、大鴉さん。『ルチル』というのはどうでしょう」
「ルチル」と大鴉さんが復唱した。「ずいぶんかわいらしい響きですが、どのような意味があるのでしょう?」
まゆが指を引っ込めて、スマホを出して、なにか検索しだした。同時進行で、説明を始める。
「カラスって、きらきらしたきれいなものがお好きですよね? 私の誕生石で、ルチルクォーツっていう石があるんですけど、透明な石の中を光が走ってるみたいで、とってもきれいなんです」
ルチルクォーツを画面に表示したまゆが、それを大鴉さんに見せた。
月詠さんと、夢野さんも覗き込んでくる。
大鴉さんが、「おお……」と感心するようなため息をついた。
月詠さんも、「うお、これすごいな。稲妻が走っているかのようだ。いいじゃないか、大鴉」と言って、大鴉さんの肩をぽんぽんと叩く。
「そうですか……月詠様がそうおっしゃるのなら……」
「待て待て。お前だって、思いっきり自分で気に入ってるだろう。なんだ、そのうれしそうな目は」
た、確かに。
大鴉さんはいつもクールな顔をしてることが多いけど、今の彼は、まるで少女漫画の主人公みたいに、目がきらきらと輝いてる。
「どうだ、大鴉。名前、もらうか?」
「……はい。凛殿のおっしゃったものはともかく、このまゆ殿の考えてくださった名前であれば……」
「悪かったですね!?」
どーせ私には、ネーミングセンスがありませんよ!
月詠さんが、まゆに小さく頭を下げた。
「日野さん、ありがとう。今日から、このおれの従者は、大鴉のルチルだ。ほら、自分でも名乗れよ」
「はっ。日野殿、ありがたく頂戴いたします。僕の名前……ルチル。改めて、よろしくお願いいたします」
まゆも、ぺこりとお辞儀した。「こちらこそ、よろしくです。気に入ってもらえて、よかったです」
月詠さんが、ドーナッツを食べるのを再開して、コーヒーを飲んでから言った。
「人間の知り合いが増えると、楽しいことも増えるもんだな。日野さんみたいな人と出会えて、ありがたいよ」
まゆが、いえいえそんな、と手を横に振る。月詠さんに見つめられたからか、ちょっと顔が赤くなってた。
こういう時のまゆって、私から見てもかなりかわいい。きっと月詠さんからも、そう見えてるんだろうな。
……あれ?
なんだか今、ちょっと、胸の奥で変な感じがしたような。
もやっとした、ちくっとした、……嫌な感じ。
どうしてだろう。
月詠さんが、まゆと仲良くなりそうだから?
もしかして、……嫉妬ってやつ……?
い、いやいやそんな!
私と月詠さんは、嫉妬するような関係じゃないし!
「……ど、どうしたんだ、凛?」
「えっ? な、なんですか月詠さん?」
「いきなり首を振り出したかと思えば、おれのほうをじっと見て。なにかしたか、おれ?」
「い、いえっ、そういんうんじゃないです! 私の心の中が、行動に出ちゃっただけなので!」
「……どんな心の中だ……?」と、月詠さんが半目になる。
それはそうだよね、こんな反応されたら。
うう、たぶん、夢野さんが私に見せた夢のせいだっ。その続きをなんて言うから、変に意識しちゃったんだと思う。
もっと、違うことを考えよう。夢なんかじゃなくて、実際の月詠さんのことを。
出会った時、猩猩から助けてくれた。
小説を読んでくれて、しかも褒めてくれた。
トラックから私とまゆを、守ってくれて。
ステラちゃんに会わせてくれて、月詠さんはとてもいいお兄さんで。
学校で天狗から守ってくれたし、夢野さんからも守ってくれた。
それに、怪異と戦う時も、私のことを気遣って、私の嫌がりそうなことはしないでくれて。
出会ってからそんなに経ってないのに、気がついたら、ずいぶんたくさんの思い出があるなあ……。しかも私、助けられてばっかりだな……。月詠さんがいなかったら、どうなってたんだろう。
なんの縁もゆかりもなかったヴァンパイア・ハーフなのに、ただの人間の私のことを、もう何度も守ってくれてる。
それに、お店の中の女の人たちがさっきからこっちを何度もちらちら見てるくらい、かっこいい。
私が危ない目にあいかけた時に心配そうに見つめてくれたり、きれいな目で穏やかに微笑んだ顔を思い浮かべると、ちょっと顔が汗ばんじゃうくらい、顔立ちが整ってる。
見た目で人を判断するのはよくないと思っても、ついつい目を奪われちゃうのは、どうしようもない。
しかも、人柄だっていいんだもん。いつも、優しいし。
「……凛?」
「えっ? あっ、なに?」
まゆの心配そうな声で、我に返った。
気がつくと、月詠さんも、大鴉――改めルチルさんも、夢野さんまで、心配そうに顔を覗き込んでる。
「凛、また、顔赤いよ。それになんだか、急にぼうっとしてるみたいだし。熱でもある?」
「な、ないない。そういうんじゃないっ」
「じゃあ、どういうの?」
「ど、どういうって、……あれ?」
どういうんだろう。
これは、なんなんだろう。
どうしてか、私の目は、いつの間にか月詠さんを見てた。
その月詠さんが、思案顔で言ってくる。
「凛は、最近、おれと話してるとよくそうなるよな。……おれ、君になにかしてるか?」
「し、してませんっ。そういうんじゃないんです。ただ、私、自分でも、……あれ?」
月詠さんといるときに、よく、赤くなって、ぼうっとしてる?
私、そんなところを月詠さんに見せてるの?
顔が一気に熱くなった。
目元まで熱がせり上がってくる。
こんなんじゃ、余計に心配されちゃう。
なんで? どうして? 月詠さんが見てるんだから、もっと普通にしてないと、変な子だと思われちゃうかもしれないのに。
それなのに、月詠さんの前なんだから落ち着こうとすればするほど、手のひらや顔の熱が上がってくる。
その時、テーブルの上でもじもじさせてた手に、ひやっとした感覚があった。
「わっ?」
まゆが、自分のアイスティを私の手に持たせてる。
「ま、まゆ?」
「凛、ちょっとのぼせちゃったのかな? ごめんなさいみなさん、あたしと凛、ちょっとお手洗いに行ってきますね」
そう言って、まゆは、まだ顔をほてらせてる私の手を引いて、トイレに連れて行った。
ステラちゃんも、私の肩にぴょんと飛び乗って、ついてくる。
トイレのドアの外に洗面所があったので、私はそこで簡単に手と顔を洗った。
まゆは軽くメイクしてるけど、私はまだちゃんとメイクしたことがないので、外でも気軽に顔が洗えちゃうのだった。
「……凛」
「まゆ。私、ちょっと変かな」
まゆはこくりとうなずいた。
「うん。変。そんな凛、見たことないもん」
「うぐうう……やっぱり……」
まゆが、私の隣にきて、周りに誰もいないのに小声で耳打ちしてくる。
「凛、自覚あるの? 横で見てる分には、これはもう明らかかなって気がしてるんだけど」
「……さすがに、ある」
「そっか……。月詠さん?」
今度は、私がうなずいた。
そうなのだ。これはもう、認めなくちゃいけない。
「まゆ。私……」
「うん。うんうんっ」
「私、きれいな顔の男の人に弱いのかも……! 面食いってやつ!?」
「……ん?」
それまで温かいまなざしを私に向けてたまゆが、ぴたりと固まった。
「私、今までアイドルの男の子にはまったりしたことなかったから、あんまり見た目重視とかしない人なのかと、自分では思ってたんだけど……! 月詠さんの顔がかっこよすぎて、面と向かってるとおかしくなっちゃう気がする……! 私、男子の見た目に弱かったんだ……!」
なぜかまゆが、がくりと、肩をコケさせた。
さらに、ステラちゃんまで、私の肩から飛び立ってまゆの肩にとまり、こころなしか冷たい視線を私に送ってきてる。
……な、なんで?
「凛……」
「なに?」
「い、いや、いいや。とりあえず、そうなんだね……」
「どうしよう、まゆ。あんまり本人には言わないほうがいいよね、顔がいいから目が行きます、なんて」
「あー。うん。いいんじゃないかな。わりとどっちでも。今はそれで。うんうん。じゃ、落ち着いたなら、戻ろっか」
妙にがっかりした様子で、まゆがホールに戻っていく。
その肩のステラちゃんも、ふうとため息をつく仕草をした。
私は、慌てて後を追う。
……だ、だって。
仕方ないじゃん。
そうでも思わないと、どうしていいか分からなくなっちゃうよ。
私だって、月詠さんの見た目だけで、自分が変になってるわけじゃないって、分かってる。
でも、怖いよ。
この気持ちが、なんていう呼び方をするべきものなのか、明らかになるのが怖い。
だって、そうだとしたら。
万が一にも、それが、月詠さんに知られちゃったら。
絶対、今みたいではいられなくなるでしょう。
そんなに怖いことってないよ。
席に戻ると、男子三人が、アイスドーナッツと飲み物を完食してた。
月詠さんが、「たまには甘いものもいいな。また、食べに来ようぜ。みんなでさ」
と私たちを見回して言う。
みんなはそろってうなずいて、そろそろ出ようかと、レジに向かった。
……のだけど。
ルチルさんが、私とまゆに小声で言ってきた。
「お支払いは、月詠様が済ませました」
「えっ? そうなんですか?」
「凛とあたしの分も? そんな、いいのに」
「このような店、僕や月詠様はなかなか来ませんからね。貴重な体験をさせてもらったお礼だそうです。まあ、夢野殿には、『貸しだからな』と言っていましたが」
そこまで聞いて、私は、一足先にお店を出てた月詠さんの隣に小走りで並んだ。
「ご、ごちそうさまでしたっ」
「ああ。うまかったぜ。君と日野さんが注目しているというだけのことはあるな」
はは、と笑い声。
「こ、今度は、私がなにかごちそうしますっ。なにか、すごくおいしいものをっ」
「ん、そうか? なら、楽しみにしてるよ。本当、君といると、楽しいことがいろいろあるから、いつもいい気分になれるな。ありがとうな」
整った顔が、私に向けて、優しく笑う。
ああ。
だめだ。
こんなの、逃げようがない。
自分の気持ちから、逃げられない。
ごめん、まゆ。
私、嘘ついちゃった。
私は、見た目のいい、かっこいい男の子に弱いんじゃなくて。
この人が。
月詠さんが――
「お、月が出てるな」
月詠さんが言ったとおり、空を見上げると、東のほうはまだ青空なのに、もう月が見えた。
すると、月詠さんが私に耳打ちしてくる。
……なんだか今日、耳打ちばっかりされてるな、私。
「凛、おれは吸血鬼だから、根本的に夜型なんだ。だからいずれ、機会があれば、君に夜の世界を見せてあげたいな。同じ街でも、昼と夜とでは、まるで見えるものが違う」
「夜、ですか」
そう聞くと、ちょっとわくわくしちゃう。
月詠さんとっていうのはもちろんうれしいけど、人の寝静まった夜のお出かけっていうのは、どんな子だってどきどきするものだと思う。
「おれも、おれだから見せてあげられるもののところへ、君を連れていきたい。こんな風に人間と仲良くなったことがあまりないから、慣れないけどな。ま、そこは許してくれ」
「許すなんて、そんな。すごくうれしいです。楽しみにしてますっ」
「はは、ありがとうよ。じゃ、そんな楽しい日を無事に迎えるためにも、これだ」
月詠さんが、私に、手を出すように促した。
言われるがままに両手を出すと、そこに、月詠さんが細い鎖のアクセサリをしゃらりと置く。
それは、動物の牙――小指の先くらいに小さいけど――の形の、ペンダントだった。
「これを身に着けておいてくれ。一族の秘法で作ったマジックアイテムだ。君に怪異が迫ると、おれに分かるようになっている。ルチルの警護も、二十四時間常に完ぺきとまではいかないだろうからな。こいつが危機を感知したら、すぐに駆けつけるよ。ちなみに――」
月詠さんが振り返った。
その先では、ルチルさんが、まゆになにか渡してる。
そっちは、鳥の羽をかたどったペンダントだった。
「――ちなみに、日野さんにはルチルが同じ機能のものを渡してるから、心配しないでくれ」
「あ、ありがとう……ございます。あの、でも……」
「ん? なにか問題あるか?」
「問題っていうか、それって、月詠さんたちすごく大変じゃないんですか? こんな、私たちになにかあるたびに連絡がいくようなことじゃ……」
「それは気にしないでくれ。おれたちがそうしたいんだ」
「でも」
そこで、はっとした。
月詠さんは、優しいけれど、真剣なまなざしをしてる。
瞳の色が、とても深く見えた。
人が足を踏み入れたことのない、秘密の湖みたいに。
「いつか……」
「え?」
「いつか、気を許せる、信じられる人間に出会えると信じていた。おれも、ルチルもだ。寿命を迎えるまでのいつの日にかには、見つかると。何十年後、いや、それ以上かかるかもしれないと思った。それが、こんなに早く……ほんの十数年で、君に会えた。思いがけない幸運だ。だから、できるだけのことをしたいんだよ」
「月詠さん……?」
そこで、月詠さんは、はっとした表情になって、頭を振った。
「ああ、いや、悪い。こっちの話だ。とにかく、おれたちにとっては、君が気にするほど大した負担じゃないんでな。そのペンダントは、首から下げなくても、カバンの中くらいなら充分機能する。悪いが、手近なところに置いておいてくれ」
それから、私たちは駅前で解散になった。
「わしは、ちょいと書店にでも寄っていくよ。催眠をよりうまくかけるために、人間についてまだまだ知識を増やしたいからな」
そう言った夢野さんに、月詠さんが「ほー。せいぜいうまくやんな。今日はハヤシライスに挑戦するから、早く帰って来いよ」と声をかける。
……意外にうまくいってるっぽいな、この人たち……。
ん?
「あの、今、月詠さん、夢野さんに『早く帰ってこい』って言いました?」
「え? ああ。今まではおれとルチルだけで夕飯にしてたけど、一人同居人が増えたから、レパートリーも増やそうかと」
「え、一緒に住んでるんですか!?」
「うそでしょう……?」大鴉さんが青ざめている。「完全にカラスの鳴き声に引っ張られてるじゃないですか……しかもよくよく聞いてみてください、カラスは、言うほどカーとは鳴いてませんよ……?」
そ、そっか。
大鴉さんのイメージ。大鴉さんの鳴き声。
懸命に思い出して、それを文字に落とし込む。
「ごあーくん……?」
「それも鳴き声由来ですよね……?」
「あ、じゃあ、ほげーくん!」
「いつ誰がほげーと鳴きましたっ!? 凛殿、小説家志望でしたよね? それが本気のネーミングなのですか……?」
「い、一応……。うう、どうしよう、もうなにも思いつかない……!」
両手で横から頭を押さえて悩む私に、まゆがぽんぽんと肩をたたいてきた。
「あ、じゃあさ、あたしが考えてもいい?」
「ううー。助けて、まゆ」
まゆは、大鴉さんのほうを向いて、人差し指を立てた。最近のまゆのくせだな、これ。
「では、あたしの案です、大鴉さん。『ルチル』というのはどうでしょう」
「ルチル」と大鴉さんが復唱した。「ずいぶんかわいらしい響きですが、どのような意味があるのでしょう?」
まゆが指を引っ込めて、スマホを出して、なにか検索しだした。同時進行で、説明を始める。
「カラスって、きらきらしたきれいなものがお好きですよね? 私の誕生石で、ルチルクォーツっていう石があるんですけど、透明な石の中を光が走ってるみたいで、とってもきれいなんです」
ルチルクォーツを画面に表示したまゆが、それを大鴉さんに見せた。
月詠さんと、夢野さんも覗き込んでくる。
大鴉さんが、「おお……」と感心するようなため息をついた。
月詠さんも、「うお、これすごいな。稲妻が走っているかのようだ。いいじゃないか、大鴉」と言って、大鴉さんの肩をぽんぽんと叩く。
「そうですか……月詠様がそうおっしゃるのなら……」
「待て待て。お前だって、思いっきり自分で気に入ってるだろう。なんだ、そのうれしそうな目は」
た、確かに。
大鴉さんはいつもクールな顔をしてることが多いけど、今の彼は、まるで少女漫画の主人公みたいに、目がきらきらと輝いてる。
「どうだ、大鴉。名前、もらうか?」
「……はい。凛殿のおっしゃったものはともかく、このまゆ殿の考えてくださった名前であれば……」
「悪かったですね!?」
どーせ私には、ネーミングセンスがありませんよ!
月詠さんが、まゆに小さく頭を下げた。
「日野さん、ありがとう。今日から、このおれの従者は、大鴉のルチルだ。ほら、自分でも名乗れよ」
「はっ。日野殿、ありがたく頂戴いたします。僕の名前……ルチル。改めて、よろしくお願いいたします」
まゆも、ぺこりとお辞儀した。「こちらこそ、よろしくです。気に入ってもらえて、よかったです」
月詠さんが、ドーナッツを食べるのを再開して、コーヒーを飲んでから言った。
「人間の知り合いが増えると、楽しいことも増えるもんだな。日野さんみたいな人と出会えて、ありがたいよ」
まゆが、いえいえそんな、と手を横に振る。月詠さんに見つめられたからか、ちょっと顔が赤くなってた。
こういう時のまゆって、私から見てもかなりかわいい。きっと月詠さんからも、そう見えてるんだろうな。
……あれ?
なんだか今、ちょっと、胸の奥で変な感じがしたような。
もやっとした、ちくっとした、……嫌な感じ。
どうしてだろう。
月詠さんが、まゆと仲良くなりそうだから?
もしかして、……嫉妬ってやつ……?
い、いやいやそんな!
私と月詠さんは、嫉妬するような関係じゃないし!
「……ど、どうしたんだ、凛?」
「えっ? な、なんですか月詠さん?」
「いきなり首を振り出したかと思えば、おれのほうをじっと見て。なにかしたか、おれ?」
「い、いえっ、そういんうんじゃないです! 私の心の中が、行動に出ちゃっただけなので!」
「……どんな心の中だ……?」と、月詠さんが半目になる。
それはそうだよね、こんな反応されたら。
うう、たぶん、夢野さんが私に見せた夢のせいだっ。その続きをなんて言うから、変に意識しちゃったんだと思う。
もっと、違うことを考えよう。夢なんかじゃなくて、実際の月詠さんのことを。
出会った時、猩猩から助けてくれた。
小説を読んでくれて、しかも褒めてくれた。
トラックから私とまゆを、守ってくれて。
ステラちゃんに会わせてくれて、月詠さんはとてもいいお兄さんで。
学校で天狗から守ってくれたし、夢野さんからも守ってくれた。
それに、怪異と戦う時も、私のことを気遣って、私の嫌がりそうなことはしないでくれて。
出会ってからそんなに経ってないのに、気がついたら、ずいぶんたくさんの思い出があるなあ……。しかも私、助けられてばっかりだな……。月詠さんがいなかったら、どうなってたんだろう。
なんの縁もゆかりもなかったヴァンパイア・ハーフなのに、ただの人間の私のことを、もう何度も守ってくれてる。
それに、お店の中の女の人たちがさっきからこっちを何度もちらちら見てるくらい、かっこいい。
私が危ない目にあいかけた時に心配そうに見つめてくれたり、きれいな目で穏やかに微笑んだ顔を思い浮かべると、ちょっと顔が汗ばんじゃうくらい、顔立ちが整ってる。
見た目で人を判断するのはよくないと思っても、ついつい目を奪われちゃうのは、どうしようもない。
しかも、人柄だっていいんだもん。いつも、優しいし。
「……凛?」
「えっ? あっ、なに?」
まゆの心配そうな声で、我に返った。
気がつくと、月詠さんも、大鴉――改めルチルさんも、夢野さんまで、心配そうに顔を覗き込んでる。
「凛、また、顔赤いよ。それになんだか、急にぼうっとしてるみたいだし。熱でもある?」
「な、ないない。そういうんじゃないっ」
「じゃあ、どういうの?」
「ど、どういうって、……あれ?」
どういうんだろう。
これは、なんなんだろう。
どうしてか、私の目は、いつの間にか月詠さんを見てた。
その月詠さんが、思案顔で言ってくる。
「凛は、最近、おれと話してるとよくそうなるよな。……おれ、君になにかしてるか?」
「し、してませんっ。そういうんじゃないんです。ただ、私、自分でも、……あれ?」
月詠さんといるときに、よく、赤くなって、ぼうっとしてる?
私、そんなところを月詠さんに見せてるの?
顔が一気に熱くなった。
目元まで熱がせり上がってくる。
こんなんじゃ、余計に心配されちゃう。
なんで? どうして? 月詠さんが見てるんだから、もっと普通にしてないと、変な子だと思われちゃうかもしれないのに。
それなのに、月詠さんの前なんだから落ち着こうとすればするほど、手のひらや顔の熱が上がってくる。
その時、テーブルの上でもじもじさせてた手に、ひやっとした感覚があった。
「わっ?」
まゆが、自分のアイスティを私の手に持たせてる。
「ま、まゆ?」
「凛、ちょっとのぼせちゃったのかな? ごめんなさいみなさん、あたしと凛、ちょっとお手洗いに行ってきますね」
そう言って、まゆは、まだ顔をほてらせてる私の手を引いて、トイレに連れて行った。
ステラちゃんも、私の肩にぴょんと飛び乗って、ついてくる。
トイレのドアの外に洗面所があったので、私はそこで簡単に手と顔を洗った。
まゆは軽くメイクしてるけど、私はまだちゃんとメイクしたことがないので、外でも気軽に顔が洗えちゃうのだった。
「……凛」
「まゆ。私、ちょっと変かな」
まゆはこくりとうなずいた。
「うん。変。そんな凛、見たことないもん」
「うぐうう……やっぱり……」
まゆが、私の隣にきて、周りに誰もいないのに小声で耳打ちしてくる。
「凛、自覚あるの? 横で見てる分には、これはもう明らかかなって気がしてるんだけど」
「……さすがに、ある」
「そっか……。月詠さん?」
今度は、私がうなずいた。
そうなのだ。これはもう、認めなくちゃいけない。
「まゆ。私……」
「うん。うんうんっ」
「私、きれいな顔の男の人に弱いのかも……! 面食いってやつ!?」
「……ん?」
それまで温かいまなざしを私に向けてたまゆが、ぴたりと固まった。
「私、今までアイドルの男の子にはまったりしたことなかったから、あんまり見た目重視とかしない人なのかと、自分では思ってたんだけど……! 月詠さんの顔がかっこよすぎて、面と向かってるとおかしくなっちゃう気がする……! 私、男子の見た目に弱かったんだ……!」
なぜかまゆが、がくりと、肩をコケさせた。
さらに、ステラちゃんまで、私の肩から飛び立ってまゆの肩にとまり、こころなしか冷たい視線を私に送ってきてる。
……な、なんで?
「凛……」
「なに?」
「い、いや、いいや。とりあえず、そうなんだね……」
「どうしよう、まゆ。あんまり本人には言わないほうがいいよね、顔がいいから目が行きます、なんて」
「あー。うん。いいんじゃないかな。わりとどっちでも。今はそれで。うんうん。じゃ、落ち着いたなら、戻ろっか」
妙にがっかりした様子で、まゆがホールに戻っていく。
その肩のステラちゃんも、ふうとため息をつく仕草をした。
私は、慌てて後を追う。
……だ、だって。
仕方ないじゃん。
そうでも思わないと、どうしていいか分からなくなっちゃうよ。
私だって、月詠さんの見た目だけで、自分が変になってるわけじゃないって、分かってる。
でも、怖いよ。
この気持ちが、なんていう呼び方をするべきものなのか、明らかになるのが怖い。
だって、そうだとしたら。
万が一にも、それが、月詠さんに知られちゃったら。
絶対、今みたいではいられなくなるでしょう。
そんなに怖いことってないよ。
席に戻ると、男子三人が、アイスドーナッツと飲み物を完食してた。
月詠さんが、「たまには甘いものもいいな。また、食べに来ようぜ。みんなでさ」
と私たちを見回して言う。
みんなはそろってうなずいて、そろそろ出ようかと、レジに向かった。
……のだけど。
ルチルさんが、私とまゆに小声で言ってきた。
「お支払いは、月詠様が済ませました」
「えっ? そうなんですか?」
「凛とあたしの分も? そんな、いいのに」
「このような店、僕や月詠様はなかなか来ませんからね。貴重な体験をさせてもらったお礼だそうです。まあ、夢野殿には、『貸しだからな』と言っていましたが」
そこまで聞いて、私は、一足先にお店を出てた月詠さんの隣に小走りで並んだ。
「ご、ごちそうさまでしたっ」
「ああ。うまかったぜ。君と日野さんが注目しているというだけのことはあるな」
はは、と笑い声。
「こ、今度は、私がなにかごちそうしますっ。なにか、すごくおいしいものをっ」
「ん、そうか? なら、楽しみにしてるよ。本当、君といると、楽しいことがいろいろあるから、いつもいい気分になれるな。ありがとうな」
整った顔が、私に向けて、優しく笑う。
ああ。
だめだ。
こんなの、逃げようがない。
自分の気持ちから、逃げられない。
ごめん、まゆ。
私、嘘ついちゃった。
私は、見た目のいい、かっこいい男の子に弱いんじゃなくて。
この人が。
月詠さんが――
「お、月が出てるな」
月詠さんが言ったとおり、空を見上げると、東のほうはまだ青空なのに、もう月が見えた。
すると、月詠さんが私に耳打ちしてくる。
……なんだか今日、耳打ちばっかりされてるな、私。
「凛、おれは吸血鬼だから、根本的に夜型なんだ。だからいずれ、機会があれば、君に夜の世界を見せてあげたいな。同じ街でも、昼と夜とでは、まるで見えるものが違う」
「夜、ですか」
そう聞くと、ちょっとわくわくしちゃう。
月詠さんとっていうのはもちろんうれしいけど、人の寝静まった夜のお出かけっていうのは、どんな子だってどきどきするものだと思う。
「おれも、おれだから見せてあげられるもののところへ、君を連れていきたい。こんな風に人間と仲良くなったことがあまりないから、慣れないけどな。ま、そこは許してくれ」
「許すなんて、そんな。すごくうれしいです。楽しみにしてますっ」
「はは、ありがとうよ。じゃ、そんな楽しい日を無事に迎えるためにも、これだ」
月詠さんが、私に、手を出すように促した。
言われるがままに両手を出すと、そこに、月詠さんが細い鎖のアクセサリをしゃらりと置く。
それは、動物の牙――小指の先くらいに小さいけど――の形の、ペンダントだった。
「これを身に着けておいてくれ。一族の秘法で作ったマジックアイテムだ。君に怪異が迫ると、おれに分かるようになっている。ルチルの警護も、二十四時間常に完ぺきとまではいかないだろうからな。こいつが危機を感知したら、すぐに駆けつけるよ。ちなみに――」
月詠さんが振り返った。
その先では、ルチルさんが、まゆになにか渡してる。
そっちは、鳥の羽をかたどったペンダントだった。
「――ちなみに、日野さんにはルチルが同じ機能のものを渡してるから、心配しないでくれ」
「あ、ありがとう……ございます。あの、でも……」
「ん? なにか問題あるか?」
「問題っていうか、それって、月詠さんたちすごく大変じゃないんですか? こんな、私たちになにかあるたびに連絡がいくようなことじゃ……」
「それは気にしないでくれ。おれたちがそうしたいんだ」
「でも」
そこで、はっとした。
月詠さんは、優しいけれど、真剣なまなざしをしてる。
瞳の色が、とても深く見えた。
人が足を踏み入れたことのない、秘密の湖みたいに。
「いつか……」
「え?」
「いつか、気を許せる、信じられる人間に出会えると信じていた。おれも、ルチルもだ。寿命を迎えるまでのいつの日にかには、見つかると。何十年後、いや、それ以上かかるかもしれないと思った。それが、こんなに早く……ほんの十数年で、君に会えた。思いがけない幸運だ。だから、できるだけのことをしたいんだよ」
「月詠さん……?」
そこで、月詠さんは、はっとした表情になって、頭を振った。
「ああ、いや、悪い。こっちの話だ。とにかく、おれたちにとっては、君が気にするほど大した負担じゃないんでな。そのペンダントは、首から下げなくても、カバンの中くらいなら充分機能する。悪いが、手近なところに置いておいてくれ」
それから、私たちは駅前で解散になった。
「わしは、ちょいと書店にでも寄っていくよ。催眠をよりうまくかけるために、人間についてまだまだ知識を増やしたいからな」
そう言った夢野さんに、月詠さんが「ほー。せいぜいうまくやんな。今日はハヤシライスに挑戦するから、早く帰って来いよ」と声をかける。
……意外にうまくいってるっぽいな、この人たち……。
ん?
「あの、今、月詠さん、夢野さんに『早く帰ってこい』って言いました?」
「え? ああ。今まではおれとルチルだけで夕飯にしてたけど、一人同居人が増えたから、レパートリーも増やそうかと」
「え、一緒に住んでるんですか!?」