ヴァンパイアハーフにまもられて
「ど……どういうメンバーなの? 凛、これどうなってるの?」
まゆの疑問は、もっともだったと思う。
夢野さんとの一件があった、次の日。
夢野さんはいつも通りに登校してきて、2ーBの教室で、自分の席で授業を受けた。
私も、もちろん普段通り。
終礼が終わって、放課後になった時。
まゆが、一緒にどこか寄って帰ろうと誘ってくれた。
下駄箱でローファーに履き替えて、校門に向かう。
夕方が近くても、まだまだ太陽は力強い。
「今年の残暑は厳しいって、毎年言ってるよねー」
まゆがそう言いながら日傘をさす横で、私は、校門の脇に見慣れた人影を見つけた。
向こうも私に気がついて、手を振ってくる……のではなくて、深々とお辞儀をしてくる。
「も、もう! やめてくださいよ、夢野さん!」
そう言って駆け寄る私に、夢野さんはまだ頭を上げずに、
「しかし、わしが今ここでこうしていられるのも、来栖凛がかの吸血鬼に取り成してくれたがゆえ。改めて礼を申し上げねば、わしの気が済まぬというもので」
「お気持ちだけで充分ですから! ほ、ほら、みんな見てますし!」
おかしなものを見る目で、通り過ぎる生徒たちが私たちを横目で見てくる。
でも、その中で一際混乱した視線を送ってきたのは、他ならぬまゆだった。
「凛……? どういう状況? めっちゃ頭下げさせてるけど、……その人、誰……?」
私は、得体の知れない誤解をまゆが抱きかけてることに気づいて、血の気が引く。
「ち、違うの! この人は、夢野さんていって、隣のクラスの……」
なにをどこまで説明していいのか、いや、まゆにだったらそのまま全部話せばいいかな……と思った時、ばさばさと羽音が聞こえた。
「そこまでだ。凛殿から離れろ、卑しい夢魔め」
「大鴉さん!」
ま、またなんて言い方を!
「ほ。なにかと思えば、化けガラスか。なにをしゃしゃり出て来おったのか、ほれ、そこの通りでバナナの皮でもつついておったらどうかの? カラスらしくの」
「ふむ。月詠様がおらんと、ずいぶん強気に出るものだな。お前こそ、歩道の真ん中で昼寝して夢でも見ていたらどうだ。なるべく通行人の多い時間にな。いやというほど踏まれまくるがいい」
「言いおるのう。わしは月詠とは契約を交わしたが、別に家来になったわけではないぞ。そなたごとき畜生が、なにを――」
とめどなくヒートアップしていく二人の間に、私はいを決して滑り込む。
「す、ストーップ! 大鴉さん、今日は、月詠さんはどうされたんですか?」
「ああ。月詠様なら、植物園に行っておられる」
「植物園? 月詠さん、草花とか好きなんですか?」
「いや。食事だ」
食事。
一瞬、頭の中に、植物園の植え込みや巨大な樹木を、片っ端からちぎってはかぶりついていく月詠さんを思い浮かべちゃった。
「なにを考えているのか、見当がつきますが、凛殿。月詠様は、植物の精気を吸いに行っておられるのです。あまり一気に吸いすぎるとその植物が枯れてしまうので、大量の植物がある所へ行って、少しずつ吸収してくるのです」
「へえ……。それが、月詠さんの食事なんですか……?」
「ええ。ヴァンパイア・ハーフのくせに、全然血を吸いませんからね、あの方」
あ。
そういえば。
これまで、力持ちだったり、体が霧になったりするところは見たけど、いかにも吸血鬼らしい姿を見たことがなかったから、忘れてた。
月詠さんて、吸血鬼なのに、血を吸おうとするところを全然見たことがない。
「あ、あの。月詠さんて、血を吸わなくても平気なんですか?」
「まったく平気というわけではないでしょうが、すぐにどうこうなるわけでもない。そんなところでしょうね。特に――」
大鴉さんが、ちろりと私を見る。
「凛殿の前では、人間の血を吸うような真似は、しないような気がしますね。なんとなくですが」
「え。そう、なんですか……?」
「おれの話してるな? なんだ?」
いきなり後ろから聞こえた声に、心臓がぴょんとジャンプしそうになる。
振り向くと、そこには、噂の主のヴァンパイア・ハーフがいた。
「つ、月詠さん! 今のはその、悪口とかではなくてですねっ」
「月詠様は、凛殿の目を気にして、吸血鬼的な生々しい行為は、少なくとも凛殿の眼前では行わないだろうという話をしておりました。凛殿の好感度をわりと気にされていますよね、月詠様は」
「た、大鴉さん!」
「どうしました凛殿、小刻みにジャンプなどされて。なにか問題が?」
も、問題はないけど。
私のために、月詠さんが吸血鬼としての行動を我慢してるとして。私もそう思ってると月詠さんに思われるのが、なぜかとても恥ずかしい。
月詠さんが、「まあ確かに、凛からの好感度は、高いに越したことはないな……」なんて、腕組みして言ってる。
「ど……どういうメンバーなの? 凛、これどうなってるの?」
何歩か離れたところにいたまゆが、私と三人の顔をきょろきょろと見比べる。
そこにしれっと、大鴉さんが、
「日野殿。このワカメを束ねたような頭の怪しい男は、夢魔という怪異です。あなたと凛殿に、過日、トラックをぶつけようとした張本人です」
「大鴉さんんん!?」と、思わず私は突っ込んじゃった。
い、いや、事実だよ。まゆは当事者だし、黙ってるのはよくないけど、でも。
夢野さんが、左の手のひらを上に向けて、そこに右手で作ったこぶしをぽんと置いた。
「おお。そなた、見覚えがあると思ったら、来栖凛の友人か。道理で見覚えがある。そなたにも、済まなかった。この通りだ」
またも、夢野さんが頭を下げた。
まゆは、いよいよ混乱して、「ど、どうも……?」とだけ答える。
「凛。変わった知り合いが増えていくね……」
「う、うん。変わってるっていうか、みんな怪異だから……」
するとまゆは、腕組みして、小さく唸り声をあげた。
「ま、まゆ? どうしたの?」
「みんな知り合い同士……でも、仲良しではないみたいですね……」
三四秒、うなり続けてから、まゆはぱっと顔を上げた。
「大事なことを思い出しました」
「え、まゆ、なに?」
まゆは、人差し指を一本立てると、私たちを見渡しながら言ってきた。
「みなさん。あたしと凛が好きなドーナッツ屋さんのアイスドーナッツが、今日までなんです」
それから、三十分後。
明るくて、ピンクとオレンジがいっぱいのファンシーな内装で、テーブルや椅子がちょっと小ぶりの、いかにも女子向けに作られた、ドーナッツ屋さんの中で。
「わーきたきたー! 凛は、ダブルベリーにしたんだよね!」
「うん。まゆはチーズクリームハニーだね。ええっと、ほかのみんなは……」
「おれはコーヒー&チョコレート」
「僕はピスタチオベリーです」
「わしは、抹茶あずきじゃのう」
なかなかに背の高い男性陣三人が、私とまゆと、向かい合わせに座って、アイスドーナッツを食べる光景。
……かなりの違和感を生み出しそうな気がしてたんだけど、三人ともスタイルがいいので、カラフルなドーナッツが逆に絵になってる。
……かっこいいって、すごいな。
月詠さんと大鴉さんはもちろん、夢野さんも、背筋を伸ばすとスラッとしていてなかなかに目を引く。
そしてなにより、この状況をあっさりと受け入れて、なにごともなかったかのようにドーナッツにプラスチックの白いナイフを入れていくまゆは、なにげに一番大物かもしれない。
「さ、凛、みなさん、解けないうちに食べましょう!」
「う、うん、そうだね。いただきます」
私も、自分のドーナッツを一口大に切って、口に運んだ。
最初にいきなり、いちごの甘酸っぱい香りが口の中に広がる。
それから、ラズベリーの酸味と、ドーナッツ生地の甘さ。
一気に、心が幸せで満たされちゃった。
店内は冷房が控えめで、外の暑さが抜けきらずに体がちょっとほてり気味なのも、冷たいアイスデザートのおいしさを後押しする。
「う、うううおいしい~! もっと通って、いろんなフレーバー試すんだった~!」
そういう私に、まゆが、
「冬もアイスって売れるから、冬限定でもやるらしいよ。暖房のきいた室内で食べるアイス、最高だよね」
「え、本当!? うわー、楽しみ!」
「そうだよね、アイスって、年中おいしいからすごいよね。そんなおいしいもの食べながら、けんかなんてできないですよね」
そう言って、まゆは、男性陣三人を見渡した。
あんまりこういうものを食べなれてないのか、ぎこちなくドーナッツに手を伸ばしてた三人が、揃ってはたと固まる。
「あたしが知らないところで、みなさん、凛といろいろあったみたいですけど。あたしは、凛の友達なので。周りの人が、危ないこととか、しなくていいけんかは、ないといいなー、と思います」
大鴉さんが、かちゃりとフォークを置いた。
「日野殿。お言葉ですが、この夢野と名乗る夢魔は、昨日初めて僕たちとうちとけだした間柄でして。そう一朝一夕には……」
まゆが、フォークを持った手をぴたりと止めて、大鴉さんに答える。
「もしけんかしそうになった時は、『でもそういえば、あいつと一緒にドーナッツ食べたな~』なんて思い出したら、平和な気持ちになったり、しませんでしょうか。凛のために」
「まゆ……」
心配してくれてるんだ。
急に怪異が見えるようになって、しかもその怪異たちから狙われることになって。
月詠さんが守ってくれるって言ったって、前から友達のまゆにしてみれば、いきなり現れた知らない人なわけで。
私だって、立場が逆なら、まゆが心配で仕方ない。
月詠さんが、微笑んで言った。
「大鴉、聞いた通りだ。これは、日野さんの言う通りだな。おれたちが殺気立つようなことは、慎まないといけない」
「……はっ。失礼いたしました……」
「わしとて、理由もなしにことを構える気はない。来栖凛には、本当に恩を感じておるのだからな。おお、そうだ」
夢野さんが、ぽんと手を打った。
「来栖凛に、昨日の楽しい夢の続きを見せてやろう。世話になった、せめてもの償いよ」
……昨日の夢?
それって、あの……
月詠さんが、私に、
好きだとか。
愛してるとかの……?
記憶をたどって、私は一気に、隠しようがないほど赤面しちゃった。
それを見た月詠さんが、のけぞって驚く。
「り、凛!? どうした、顔が赤信号みたいな色になってるぞ!?」
「な、なんでもありませんなんでも! 夢野さん、続きはいいです! ていうか忘れてくださいっ! むしろもう一回あんなの見せたら、許しません!」
月詠さんは、「あんなの……? って、どんなのだよ? 夢野、お前、凛にどんな夢見せたんだ?」って半目で聞いてくるけど。
「内緒ですっ!」
「お……おう。そうか。分かった」
「わしも承知した。来栖凛との、内緒の約束であるな。この夢野マドロミ、約束は決して破らぬ」
夢野さんが、自分の胸をぽんと叩いた。
……いや。今、なんて?
「夢野……」と私。
「マドロミ……?」と月詠さん。「それ、下の名前か? お前の?」
「いかにも。カタカナでそう書く。漢字で『微睡み』とかだと読みにくいからのう。わしが人間社会に紛れ込むと決意した際に、己で命名したのだ。こう、夢見る! という感じがして、よかろう。……なんだ、月詠殿。なにを、口を押さえておる」
「い、いや、悪い。決して、微妙にかわいらしい響きのせいで、吹き出しそうなのを耐えてるわけじゃないぞ。でもそうだよな、怪異だと、自分で自分の名前をつけるのは珍しくないもんな。しかし――」
月詠さんが、私を見て、続ける。
「――しかし、おれの知らない間に、ずいぶん夢野と凛は、仲良くなったみたいだな? おれのほうが少しはつき合いが長いのに、もうおれに隠し事とは」
月詠さんは、ちょっとすねたような目をした。
私はあわてて、首を横に振る。
「そ、そんなつもりじゃ!?」
「はは、悪い、意地悪言って。分かってるよ、凛の邪気のなさは。ところで」
そこで、月詠さんは、ふいと大鴉さんを見た。
「大鴉。おまえも、タイアじゃなくて、なにか名前をつけたらどうだ? いい機会だろう」
え。
「大鴉さんて、名前じゃないんですか?」
私が聞くと、大鴉さんは、ピスタチオフレーバーの生地を飲み込んでから、答えた。
「大鴉というのは、種族名です。僕個人の名前ではございません」
月詠さんが、親指で大鴉さんをさして補足する。
「そう。つまり、こいつのことを大鴉と呼ぶのは、凛や日野さんのことを、『日本人』とか『中学生』とかって呼ぶのと同じようなものなんだ」
し、知らなかった。
まゆが、「でも、どうしてなんですか? 不便じゃないです?」と聞く。
「不便ではありませんよ、日野殿。大鴉はほかにもいても、月詠様に使える大鴉は僕一人。月詠様が大鴉と呼べば、その意味するところは僕以外に有り得ませんので」
う、うーん。
それはそうかもしれないけど。
「いや。おれは結構不便だぞ」
「えっ!?」と大鴉さんが月詠さんのほうを向く。
心外そうな顔をしてる大鴉さんに、月詠さんはしれっと続けた。
「だってよ、『大鴉が~』って話をする時、種族全体の話をしてるのか、お前個人のことを言ってるのか、ややこしいじゃないか。そうだな、凛。もし、今君が大鴉に名前をつけるとしたら、なんてつける?」
「えっ!? わ、私ですか!?」
「仮にだよ、仮に。この大鴉のイメージで、どういう名前つけてやるかな。あだ名でもいいぞ」
大鴉さんが「おたわむれを……」とため息をつく。
イメージって言われても……。
大鴉さんの、名前……あだ名……
それから、たっぷり、一分くらい考えてから。
私は、ついに口を開いた。
まゆの疑問は、もっともだったと思う。
夢野さんとの一件があった、次の日。
夢野さんはいつも通りに登校してきて、2ーBの教室で、自分の席で授業を受けた。
私も、もちろん普段通り。
終礼が終わって、放課後になった時。
まゆが、一緒にどこか寄って帰ろうと誘ってくれた。
下駄箱でローファーに履き替えて、校門に向かう。
夕方が近くても、まだまだ太陽は力強い。
「今年の残暑は厳しいって、毎年言ってるよねー」
まゆがそう言いながら日傘をさす横で、私は、校門の脇に見慣れた人影を見つけた。
向こうも私に気がついて、手を振ってくる……のではなくて、深々とお辞儀をしてくる。
「も、もう! やめてくださいよ、夢野さん!」
そう言って駆け寄る私に、夢野さんはまだ頭を上げずに、
「しかし、わしが今ここでこうしていられるのも、来栖凛がかの吸血鬼に取り成してくれたがゆえ。改めて礼を申し上げねば、わしの気が済まぬというもので」
「お気持ちだけで充分ですから! ほ、ほら、みんな見てますし!」
おかしなものを見る目で、通り過ぎる生徒たちが私たちを横目で見てくる。
でも、その中で一際混乱した視線を送ってきたのは、他ならぬまゆだった。
「凛……? どういう状況? めっちゃ頭下げさせてるけど、……その人、誰……?」
私は、得体の知れない誤解をまゆが抱きかけてることに気づいて、血の気が引く。
「ち、違うの! この人は、夢野さんていって、隣のクラスの……」
なにをどこまで説明していいのか、いや、まゆにだったらそのまま全部話せばいいかな……と思った時、ばさばさと羽音が聞こえた。
「そこまでだ。凛殿から離れろ、卑しい夢魔め」
「大鴉さん!」
ま、またなんて言い方を!
「ほ。なにかと思えば、化けガラスか。なにをしゃしゃり出て来おったのか、ほれ、そこの通りでバナナの皮でもつついておったらどうかの? カラスらしくの」
「ふむ。月詠様がおらんと、ずいぶん強気に出るものだな。お前こそ、歩道の真ん中で昼寝して夢でも見ていたらどうだ。なるべく通行人の多い時間にな。いやというほど踏まれまくるがいい」
「言いおるのう。わしは月詠とは契約を交わしたが、別に家来になったわけではないぞ。そなたごとき畜生が、なにを――」
とめどなくヒートアップしていく二人の間に、私はいを決して滑り込む。
「す、ストーップ! 大鴉さん、今日は、月詠さんはどうされたんですか?」
「ああ。月詠様なら、植物園に行っておられる」
「植物園? 月詠さん、草花とか好きなんですか?」
「いや。食事だ」
食事。
一瞬、頭の中に、植物園の植え込みや巨大な樹木を、片っ端からちぎってはかぶりついていく月詠さんを思い浮かべちゃった。
「なにを考えているのか、見当がつきますが、凛殿。月詠様は、植物の精気を吸いに行っておられるのです。あまり一気に吸いすぎるとその植物が枯れてしまうので、大量の植物がある所へ行って、少しずつ吸収してくるのです」
「へえ……。それが、月詠さんの食事なんですか……?」
「ええ。ヴァンパイア・ハーフのくせに、全然血を吸いませんからね、あの方」
あ。
そういえば。
これまで、力持ちだったり、体が霧になったりするところは見たけど、いかにも吸血鬼らしい姿を見たことがなかったから、忘れてた。
月詠さんて、吸血鬼なのに、血を吸おうとするところを全然見たことがない。
「あ、あの。月詠さんて、血を吸わなくても平気なんですか?」
「まったく平気というわけではないでしょうが、すぐにどうこうなるわけでもない。そんなところでしょうね。特に――」
大鴉さんが、ちろりと私を見る。
「凛殿の前では、人間の血を吸うような真似は、しないような気がしますね。なんとなくですが」
「え。そう、なんですか……?」
「おれの話してるな? なんだ?」
いきなり後ろから聞こえた声に、心臓がぴょんとジャンプしそうになる。
振り向くと、そこには、噂の主のヴァンパイア・ハーフがいた。
「つ、月詠さん! 今のはその、悪口とかではなくてですねっ」
「月詠様は、凛殿の目を気にして、吸血鬼的な生々しい行為は、少なくとも凛殿の眼前では行わないだろうという話をしておりました。凛殿の好感度をわりと気にされていますよね、月詠様は」
「た、大鴉さん!」
「どうしました凛殿、小刻みにジャンプなどされて。なにか問題が?」
も、問題はないけど。
私のために、月詠さんが吸血鬼としての行動を我慢してるとして。私もそう思ってると月詠さんに思われるのが、なぜかとても恥ずかしい。
月詠さんが、「まあ確かに、凛からの好感度は、高いに越したことはないな……」なんて、腕組みして言ってる。
「ど……どういうメンバーなの? 凛、これどうなってるの?」
何歩か離れたところにいたまゆが、私と三人の顔をきょろきょろと見比べる。
そこにしれっと、大鴉さんが、
「日野殿。このワカメを束ねたような頭の怪しい男は、夢魔という怪異です。あなたと凛殿に、過日、トラックをぶつけようとした張本人です」
「大鴉さんんん!?」と、思わず私は突っ込んじゃった。
い、いや、事実だよ。まゆは当事者だし、黙ってるのはよくないけど、でも。
夢野さんが、左の手のひらを上に向けて、そこに右手で作ったこぶしをぽんと置いた。
「おお。そなた、見覚えがあると思ったら、来栖凛の友人か。道理で見覚えがある。そなたにも、済まなかった。この通りだ」
またも、夢野さんが頭を下げた。
まゆは、いよいよ混乱して、「ど、どうも……?」とだけ答える。
「凛。変わった知り合いが増えていくね……」
「う、うん。変わってるっていうか、みんな怪異だから……」
するとまゆは、腕組みして、小さく唸り声をあげた。
「ま、まゆ? どうしたの?」
「みんな知り合い同士……でも、仲良しではないみたいですね……」
三四秒、うなり続けてから、まゆはぱっと顔を上げた。
「大事なことを思い出しました」
「え、まゆ、なに?」
まゆは、人差し指を一本立てると、私たちを見渡しながら言ってきた。
「みなさん。あたしと凛が好きなドーナッツ屋さんのアイスドーナッツが、今日までなんです」
それから、三十分後。
明るくて、ピンクとオレンジがいっぱいのファンシーな内装で、テーブルや椅子がちょっと小ぶりの、いかにも女子向けに作られた、ドーナッツ屋さんの中で。
「わーきたきたー! 凛は、ダブルベリーにしたんだよね!」
「うん。まゆはチーズクリームハニーだね。ええっと、ほかのみんなは……」
「おれはコーヒー&チョコレート」
「僕はピスタチオベリーです」
「わしは、抹茶あずきじゃのう」
なかなかに背の高い男性陣三人が、私とまゆと、向かい合わせに座って、アイスドーナッツを食べる光景。
……かなりの違和感を生み出しそうな気がしてたんだけど、三人ともスタイルがいいので、カラフルなドーナッツが逆に絵になってる。
……かっこいいって、すごいな。
月詠さんと大鴉さんはもちろん、夢野さんも、背筋を伸ばすとスラッとしていてなかなかに目を引く。
そしてなにより、この状況をあっさりと受け入れて、なにごともなかったかのようにドーナッツにプラスチックの白いナイフを入れていくまゆは、なにげに一番大物かもしれない。
「さ、凛、みなさん、解けないうちに食べましょう!」
「う、うん、そうだね。いただきます」
私も、自分のドーナッツを一口大に切って、口に運んだ。
最初にいきなり、いちごの甘酸っぱい香りが口の中に広がる。
それから、ラズベリーの酸味と、ドーナッツ生地の甘さ。
一気に、心が幸せで満たされちゃった。
店内は冷房が控えめで、外の暑さが抜けきらずに体がちょっとほてり気味なのも、冷たいアイスデザートのおいしさを後押しする。
「う、うううおいしい~! もっと通って、いろんなフレーバー試すんだった~!」
そういう私に、まゆが、
「冬もアイスって売れるから、冬限定でもやるらしいよ。暖房のきいた室内で食べるアイス、最高だよね」
「え、本当!? うわー、楽しみ!」
「そうだよね、アイスって、年中おいしいからすごいよね。そんなおいしいもの食べながら、けんかなんてできないですよね」
そう言って、まゆは、男性陣三人を見渡した。
あんまりこういうものを食べなれてないのか、ぎこちなくドーナッツに手を伸ばしてた三人が、揃ってはたと固まる。
「あたしが知らないところで、みなさん、凛といろいろあったみたいですけど。あたしは、凛の友達なので。周りの人が、危ないこととか、しなくていいけんかは、ないといいなー、と思います」
大鴉さんが、かちゃりとフォークを置いた。
「日野殿。お言葉ですが、この夢野と名乗る夢魔は、昨日初めて僕たちとうちとけだした間柄でして。そう一朝一夕には……」
まゆが、フォークを持った手をぴたりと止めて、大鴉さんに答える。
「もしけんかしそうになった時は、『でもそういえば、あいつと一緒にドーナッツ食べたな~』なんて思い出したら、平和な気持ちになったり、しませんでしょうか。凛のために」
「まゆ……」
心配してくれてるんだ。
急に怪異が見えるようになって、しかもその怪異たちから狙われることになって。
月詠さんが守ってくれるって言ったって、前から友達のまゆにしてみれば、いきなり現れた知らない人なわけで。
私だって、立場が逆なら、まゆが心配で仕方ない。
月詠さんが、微笑んで言った。
「大鴉、聞いた通りだ。これは、日野さんの言う通りだな。おれたちが殺気立つようなことは、慎まないといけない」
「……はっ。失礼いたしました……」
「わしとて、理由もなしにことを構える気はない。来栖凛には、本当に恩を感じておるのだからな。おお、そうだ」
夢野さんが、ぽんと手を打った。
「来栖凛に、昨日の楽しい夢の続きを見せてやろう。世話になった、せめてもの償いよ」
……昨日の夢?
それって、あの……
月詠さんが、私に、
好きだとか。
愛してるとかの……?
記憶をたどって、私は一気に、隠しようがないほど赤面しちゃった。
それを見た月詠さんが、のけぞって驚く。
「り、凛!? どうした、顔が赤信号みたいな色になってるぞ!?」
「な、なんでもありませんなんでも! 夢野さん、続きはいいです! ていうか忘れてくださいっ! むしろもう一回あんなの見せたら、許しません!」
月詠さんは、「あんなの……? って、どんなのだよ? 夢野、お前、凛にどんな夢見せたんだ?」って半目で聞いてくるけど。
「内緒ですっ!」
「お……おう。そうか。分かった」
「わしも承知した。来栖凛との、内緒の約束であるな。この夢野マドロミ、約束は決して破らぬ」
夢野さんが、自分の胸をぽんと叩いた。
……いや。今、なんて?
「夢野……」と私。
「マドロミ……?」と月詠さん。「それ、下の名前か? お前の?」
「いかにも。カタカナでそう書く。漢字で『微睡み』とかだと読みにくいからのう。わしが人間社会に紛れ込むと決意した際に、己で命名したのだ。こう、夢見る! という感じがして、よかろう。……なんだ、月詠殿。なにを、口を押さえておる」
「い、いや、悪い。決して、微妙にかわいらしい響きのせいで、吹き出しそうなのを耐えてるわけじゃないぞ。でもそうだよな、怪異だと、自分で自分の名前をつけるのは珍しくないもんな。しかし――」
月詠さんが、私を見て、続ける。
「――しかし、おれの知らない間に、ずいぶん夢野と凛は、仲良くなったみたいだな? おれのほうが少しはつき合いが長いのに、もうおれに隠し事とは」
月詠さんは、ちょっとすねたような目をした。
私はあわてて、首を横に振る。
「そ、そんなつもりじゃ!?」
「はは、悪い、意地悪言って。分かってるよ、凛の邪気のなさは。ところで」
そこで、月詠さんは、ふいと大鴉さんを見た。
「大鴉。おまえも、タイアじゃなくて、なにか名前をつけたらどうだ? いい機会だろう」
え。
「大鴉さんて、名前じゃないんですか?」
私が聞くと、大鴉さんは、ピスタチオフレーバーの生地を飲み込んでから、答えた。
「大鴉というのは、種族名です。僕個人の名前ではございません」
月詠さんが、親指で大鴉さんをさして補足する。
「そう。つまり、こいつのことを大鴉と呼ぶのは、凛や日野さんのことを、『日本人』とか『中学生』とかって呼ぶのと同じようなものなんだ」
し、知らなかった。
まゆが、「でも、どうしてなんですか? 不便じゃないです?」と聞く。
「不便ではありませんよ、日野殿。大鴉はほかにもいても、月詠様に使える大鴉は僕一人。月詠様が大鴉と呼べば、その意味するところは僕以外に有り得ませんので」
う、うーん。
それはそうかもしれないけど。
「いや。おれは結構不便だぞ」
「えっ!?」と大鴉さんが月詠さんのほうを向く。
心外そうな顔をしてる大鴉さんに、月詠さんはしれっと続けた。
「だってよ、『大鴉が~』って話をする時、種族全体の話をしてるのか、お前個人のことを言ってるのか、ややこしいじゃないか。そうだな、凛。もし、今君が大鴉に名前をつけるとしたら、なんてつける?」
「えっ!? わ、私ですか!?」
「仮にだよ、仮に。この大鴉のイメージで、どういう名前つけてやるかな。あだ名でもいいぞ」
大鴉さんが「おたわむれを……」とため息をつく。
イメージって言われても……。
大鴉さんの、名前……あだ名……
それから、たっぷり、一分くらい考えてから。
私は、ついに口を開いた。