きみは硝子のゼラニウム




「でも、たぶん……尋くんがこの前言ってたように、幼いころに母親を亡くしたあの子は、ずっと何かを抱えていると思うの」



言葉のひとつひとつが、ひなの影をそっと照らすように響く。



「もう、ずっと昔のことになるけれど……小学生のころだったかしら。泣きながらひとりでこの店に来たことがあってね」



店長は少し声を落として、花をそっと触りながら続ける。



「どうしたのか聞いたら、友達に名前をバカにされた、こんな名前大嫌いだって泣いてたの。今じゃ考えられないけれど、初めて見たのよ、あんなに泣いてるひなちゃんを」



店長の手元のデイジーを指でなぞるようにしながら、言葉は続く。



「私は、デイジーにはなれないって……あのとき、なんて声をかけてあげるのが正解だったのか、今でもわからないの」



店長の目が、ほんの少し潤んでいるのを感じた。

花の香りの中で、静かに震えるその瞳を見て、ひなが“雛菊”と呼ばれるのを嫌がった理由、名前の由来を話していたときの、あの辛そうな顔の意味が少しだけ分かった気がした。


俺は――まだ、まだ、ひなのことを何も知らない。



< 246 / 301 >

この作品をシェア

pagetop