きみは硝子のゼラニウム




振り向くより先に、すぐ後ろに気配があることに気づく。


振り返った瞬間、視界いっぱいに整った顔が飛び込んできた。


羽吹さんの、きれいな顔。


いる、なんて思ってなかった。

だってさっきまで、頭の中で何度も思い出していた“その人”が、まさか現実で、こんな至近距離にいるなんて。

さっきまで考えていた相手そのままで、心臓が追いつかない。


目を見開いたまま、声も出ない私を、羽吹さんは不思議そうに覗き込む。



「びっくりしすぎじゃない?」



少し笑いを含んだ声。

からかわれてるのに、余裕なんてない。だって近い。近いし、ミモザの匂いがするし、何より目が、昨日と同じで、まっすぐで。



『綺麗だと思ったし、目が離せないっていうか…ずっと見ていたい感じ』



頭の中で、またあの言葉が再生される。


やめて。今それ思い出すの、ほんとに無理。



「信号、青なってるけど」



低くて落ち着いた声が、またすぐそばで響く。



「あ……」



顔を上げると、いつの間にか信号は青に変わっていて、点滅する数字が無情にもカウントダウンを始めていた。



「行かねーの?」



少しだけ笑いを含んだその声に、はっと我に返る。


やばい。


慌てて一歩踏み出して、ほとんど小走りで横断歩道を渡る。



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