五年後の約束――ランドセルに揺れた、わたしたちの初恋
#0 ちょっと長いプロローグ
おもちゃ売り場でずっと向かい合っていた、その子のことが何か気になるんダ。彼女の両側には、同じ姿をしたクマさんがずらりとぶら下がっていて、みんな胸を張り、真っ黒なオメメはまっすぐ前を向いている。デモ、その子だけは猫背で伏し目がち。時々目線を上に向けるケド、ボクがじっと見つめ、目が合うとサッと下を向く。やっぱりロボットのことは怖いのカナ。ボクも本当は動物のキーホルダーに生まれてきたかったんだけどね。こればっかりはしょうがないよね。運命だモン。
お店の窓から見える帆柱山の緑が明るく柔らかくなってきたころ。
お父さんやお母さんに連れられ、子供たちが狭いお店をうれしそうに騒ぎながら歩き回っている。みんなこの春、小学校に入学するんダッテ。あれがいいカナ、こっちカナ? って目移りしながらも、文房具や学校で使う雑用品を選んでいるヨ。
フックにぶら下がっているボクの前を男の子が通りすぎ、少ししてからそのまま後ろ歩きで戻ってきた。なんか、ロボットの動きみたいダ。床屋さんに行ったばかりなのかな、きれいに切りそろえられたサラサラの黒髪をぽんぽんと自分の手でたたいてイル。そしてボクをしばらくジット、見上げる。ひと言つぶやいた。
「変なロボット」
フン! どうせソウダ。右目と左目の色も、大きさも形もちょっと違うし。右手はハサミみたいだし、左手はトンカチがついてイル。男の子は背伸びをして僕に手を伸ばしたが、届かない。ジャンプしてようやく三度目でボクをつかんでフックからとりはずすことができた。胴体をギュッとつかまれたけどね。グエツ。
キーホルダーの留め具を持って、ボクをブラブラさせ、ジット見つめる。瞳がきれいな子ダナ。
「お父さん、これ、買ってもいい?」
「そんなもの、どうするんだ?」
「ランドセルにつけたい」
「じゃあ、これを入学祝いにするからな。無理に引っぱったりしないで大事にするんだぞ」
「うん、わかった。ありがとう」
こうしてボクは男の子の友達になったンダ。
「ねえ、お母さん、これ買ってもいい?」
ボクが男の子にぶら下げられたまんまレジに向かっていると、そんな声が聞こえたヨ。振り返ると女の子が手を上げ、指を差し、お母さんにキーホルダーをアピールしている。あ、あのクマの子ジャナイカ!
「ちょっと悲しそうなクマさんね……こっちのクマさんの方が元気そうでよくない?」
お母さんはそう言って、壁のフックにぶら下がっている別のクマさんを指さす。
「ううん、これがいいの。さびしそうなところがね」
こうして、クマさんにもお友達ができた、ヤッタネ!
男の子の次にレジに並んだ栗色の髪がきれいな女の子は、ボクをじっと見ている。でも、その子が手にぶら下げているキーホルダーのクマさんはといえば、ボクと目を合わせてクレナイ。
会計が済んでボクが小さな白い紙袋に入れられる瞬間、クマさんは『バイバイ、またね。』と言ってくれた……ヨウナキガスル。
クマさんとボクは離ればなれになってしまうけど、これでよかったんダ。壁にずっとぶら下がっているのは退屈だし。何よりも、人間の子供と友達になれたんだし……でも、やっぱりちょっとさびしかったカナ。
少しかすんだ青空。桜の花びらが舞っている。
ボクは友達になった男の子のランドセルのフックにとりつけられた。その子の走るリズムに合わせ、ピョンピョンはねる。コレハ、楽しいナ。
小学校の門に、小さい子供達がどんどん吸い込まれていく。そのあと、着物や洋服で着飾ったお母さん、お父さんたちがゆっくりと入ってイッタ。
学校の係の人に案内されて教室に入ったら、後ろから聞き覚えのある女の子の声がスル。
「みんなのランドセルは、ぴかぴかなのに、ケンのランドセルは光ってないわね」
ボクも男の子もお気に入りのランドセルだったのに、なんだかけなされたみたいで、ちょっと腹がたった。この二人、お互いに前から知っていたのかな。男の子がむっとしてその子をニラムと、彼女はほほえみながら、くるりと背中を向け、ピカピカの赤いランドセルを見せた。そのフックには……あのクマさんがぶら下がってイルゾ! ランドセルの回転に合わせて、くるりんっとターンした。クマさんはボクに向き直り『また会えたね。』と言ってクレタ! ビックリして照れて、今度はボクの方がうつむいてしまったヨ。
男の子と女の子は席がとなり同士になったから、クマさんとボクもとなり同士になった、ヤッタ!
そして、登下校も教室の中も、ボクたちはいつもいっしょだった、ヨカッタ!。
ぐるりと季節が一回りして、新しい春が近づいてきたコロ。
突然のお別れがやってきた。女の子が転校して遠くに行っちゃうらしいゾ。
終業式の日、小学校の体育館の裏で、男の子が何か贈り物を渡そうとしたけど、女の子は困った顔をして、それを受け取ってくれなかったンダ。ちょっとかわいそうじゃナイカ?
でも、その子は男の子に提案したんだ。『クマさんとロボットのキーホルダーをとっかえっこしよう』って。
ボクとクマさんは、ランドセルのフックからはずされ、ボクは赤いランドセルにつけ替えられたンダ。
そして……そのあとは、男の子と女の子がチューをしているのをクマさんと一緒にぼーっと眺めテタ。クマさんはちょっと赤い顔をしていたよ……多分ボクもだケドネ。
ボクは女の子のランドセルにぶら下がったまま一緒にその町を離れ、フェリーで島に渡った。この島で新しい生活が始まるんダ。
引っ越しして始めのころは、学校から帰ると、女の子は勉強机の上にランドセルを置いて、ボクをおでこに当てて泣いていることがよくあったネ。あの男の子のことを思い出しているカナ。そんな時はボクも、別れてしまったクマさんのことを思い出して、悲しくなっチャッタ。
そのうち彼女は新しい場所、新しい学校での暮らしにもだいぶ慣れたみたいで、ボクと一緒に泣くことはなくなったケドネ、毎日のように話しかけてくれたンダ。
『元気にやってるかな?』とか『がんばろうね!』とか『ちょっと聞いてくれる?』とか。
そうやって、彼女は少しずつ大きくなっていったヨ。二年生になっても、三年生になっても、四年生になっても、五年生になっても、六年生になっても、彼女はずっとボクに話しかけ続けてクレタ。
でもネ、小学校の卒業式のちょっと前のまだまだ寒い日。
彼女はギュウギュウに荷物を詰めたリュックサックのフックにボクをつけ替えたンダ。
そして、そーっと家を出て、バスに乗り、フェリー乗り場まで着いた。切符を買おうと財布を出したら、切符売り場の係の人に『ちょっと待っててね』と言われ、ボクたちは待合室でずいぶん待たされた。リュックを枕代わりに女の子がウトウトしかけたコロ。お父さんとお母さんが慌てて駆け込んでキタ。
お母さんが彼女をギュッと抱きしめる。
お父さんは最初怒っていたけど、お母さんが一言二言、お父さんに何かをお願いスルト……
「わかった、ひとまず、八幡に戻ろう」
と言った。女の子はお母さんの胸の中で泣きながら、『お父さん、お母さん、ありがとう。ワガママ言ってごめんなさい。』ってお礼を言った。でもね……そのあと彼女はリュックにぶら下がっているボクを見て、『作戦成功!』って言って舌をペロッて出したンダ。そのことはお父さんもお母さんも気づいていないと思うケド。あれは何だったんだろうネ?
中学校の入学に合わせて、女の子とお父さんお母さん、そしてボクは再びフェリーに乗ってあの町に戻ってキタヨ。路面電車がなくなって、景色はだいぶ変わったけど、懐かしいな。帆柱山とそこに続く坂道も前のまんまだ。あ、あの山の呼び方が変わるとか、変わったとか。
女の子は、元いた町の中学校に入学した。制服がよく似合ってイルヨ。すっかりお姉さんになったネ!
入学式の日。彼女は早めに学校に出かけ、校門のあたりで新入生たちが昇降口に入っていくのを目で追っていた。そして、黒髪がサラサラの男の子を見つけた。だいぶ背は大きくなっていたケド、この子に間違いナイ。証拠に……クマさんのキーホルダーを学生カバンにつけている!
玄関前の掲示板に新入生のクラスの一覧表が貼られていて、彼女はA組から順番に探す。
「C組……いた! 同じクラス」
上履きに履き替え、教室に急いだ。
「男子なのに、ずいぶん可愛いキーホルダーつけてるのね」
彼女がそう声をかけると、男の子は振り返り、不思議そうに彼女を見つめた。その子は顔立ちもすっかりお兄さんっぽくなったけど、あの男の子、元のボクの持ち主、トモダチだ。
彼女とボクは、クマさんをじっと見つめた。
「久しぶり。大事にしてくれてたんだ」
女の子は少し照れくさそうにそう言った。
こうして、二人の中学生とクマさんとボクは再び出会うことがデキタ。
……でもネ。またすぐに別れがやってくる。それは、彼女とお父さんの約束。しょうがないンダ。
中学生になって初めての夏休みが始まる前の日。それが二回目のお別れの日ダッタ。再びクマさんとボクはとっかえっこされ、ボクは男の子の元に、クマさんは女の子の元に戻った。そしてボクたちキーホルダーも、また離ればなれになってしまうンダ。クマさんは、あのお店で初めて会った時みたいに少し猫背でうつむいていた。クマなのに猫背っていうの、おかしいカナ? そんなことを考えて、ボクは寂しさを紛らわせていたンダ。
中学生になって初めての夏休み。
男の子は、朝から夕方まで、自分の部屋のベッドでゴロゴロしている。で、夕ご飯を食べて、お風呂から上がったら、またベッドに横になる。
「あんたさー、いくら落ち込んでるからってさー、いつまでそうやってんの? もう夏休み三日目だよ。宿題くらいやったらどうなの?」
部屋の外から聞こえてくるのは、確か彼のお姉さんの声ダ。
「うるさいなあ、宿題なんて一週間で終わっちゃうよ」
「まあ、羨ましい。その才能、アタシにも分けてよ……それからあんた、絵、描かないの? 上手なんだし、宝の持ち腐れじゃない」
ドア越しに会話をする姉弟。お姉さんは彼のコト、心配しているのかもネ。
男の子はゆっくりと起き上がる。
ベッドから降り、本棚から大きいスケッチブックを取り出した。それには黄色と黒の四角い模様が表紙に描かれている。彼はそれをペラペラとめくると、手を止め、一枚の画用紙をビリリと破りとった。それを勉強机の上空を横断してピンと張られているヒモに洗濯バサミでぶら下げた。白い画用紙に鉛筆で描かれていたのは、キーホルダーのクマさんダッタ! キーホルダーのチェーンや留め具がついたまま、ちょこんと座っている姿が可愛く描かれていたヨ。
勉強机の上のヒモには、もう一枚、鉛筆で描かれた絵がぶら下がっていた。男の子が通っている中学校の制服を着た女の子。眉と目の間が狭い彼女のリリシイ顔の特ちょうが上手に表現されているヨ。アレ? 少し顔を傾けて微笑む顔の横に、太い線で花丸が描かれている。男の子が自分でつけたのかな?
二つの絵を並べ終わると、男の子はボクを学生カバンから取り外し、学習机の上に置いた。
そしてベッドの脇に畳んであったイーゼルを広げ、その上に板張りされたキャンバスを置いた。
彼は女の子の絵と、クマさんの絵と、実物のボクとをかわりバンコに見ながら、芯が長く削られた鉛筆を動かす。
「僕の宿題は、思い出を絵にすること。それを忘れないこと」
一旦鉛筆を置いて、両手を伸ばして頭の上で組み、何かを考えている。再び鉛筆を手にとり、またキャンバスに向かう。その姿は少し大人っぽく見えたヨ。
男の子と女の子がどうやって出会い、短く大切な時間をどんなふうに過ごしたのか?そしてこのアト二人がどうなったのか。知りたくナイ?
帆柱山のフモトで生まれた小さな恋のエピソード。
お話の語り手は、二人のことをずっと見守ってくれた子にバトンタッチ。その子はね、退屈になると、降りてきてボクと世間話をよくしたンダ。あ、ソレカラ。この物語の中で、ボクとクマさんも大活躍させてくれたんだよ。
「じゃあ、あとはヨロシクネ」
「うん、わかたよ。ロボット君」