五年後の約束――ランドセルに揺れた、わたしたちの初恋

#2 なぜか同級生


 小学校の入学式の日。

 先生に案内され、新しいランドセルを背負った一年生達が教室に入る。ケンの姿もその中にあった。
 
 「みんなのランドセルは、ぴかぴかなのに、ケンのランドセルは光ってないわね」

 その声に振り向く。すぐ後ろに、いたずら好きのお姫様がいた。
 赤いリボンはつけておらず、栗色の髪は肩まで下ろしていた。
 
 ケンの頭の中が混乱している。
 クミは『年長組』で、お姉さんっぽかった。でも、なぜ、同じクラスにいるの?
 ケンは、年少、年中、一年保育の意味がよくわかってなかったみたいだね。
 お気に入りのランドセルをけなされ、反論してみる。  
「お母さんとランドセルを買いに行った時、ぴかぴかしてない『ツヤケシ』のこれがシブくてかっこいいと思ったんだけど」
「かっこ悪いとは言ってないわよ。なかなかいいと思うよ……それから、そのロボットもね」

 クミは、つや消しの黒いランドセルにぶら下がっている、ロボットのキーホルダーをつつく。
 それから背を向けて、自分の赤いランドセルを見せた。それには、クマのキーホルダーがぶら下がっていた。
 クミは、そのクマさんについて、ケンに何か言ってもらいたかったみたい。でもケンが無反応だったので、ツンとしてさっさと教室に入っちゃった。

 子供達がみんな教室に入ると、男女二列で背の高さ順に並ばされた。座席の順番は、背の順で決められる。
 チビのケンは、一番前の窓側。
 隣りの席にクミが座った。
 ケンは首をかしげる。幼稚園の時は、背が高く見えて、ちょっと怖かったのに、ぼくと同じ、一番前の席?

 子ども達は決められた席に座っても、みんな興奮気味でにぎやか。
 少しオシャレして、教室の後ろに並んでいるお母さんや父さんたちも少しザワザワしながら嬉しそうに眺めている。

「みなさん、入学おめでとうございます。このクラスの担任の『新原(しんばら)』です。名前の通り、みんなが騒いでいると、シンバルをガシャーンと鳴らしますからね!」

 ……新原先生のギャグは不発に終わっちゃった。まあ教室は静かになったけど。
でも、クミだけは「アハハ!」と大声で笑っている。

 入学式は、となりの席の子と手をつないで体育館に入場だ。
 クミは、体育館の入り口まで来ると、「さあ、どうぞ」と手を差し出した。ケンはちょっと顔を赤くして、こわごわ、そーっと、その手を握る。
 ホントは、クミの顔も少し赤くなっていたんだけどね。

 入学式の翌日。

 一年生達は、学校中の施設を案内された。職員室、校長先生の部屋、保健室、図書室、そして給食室。
 給食室には大きな釜や鍋がずらりと並んでいて、給食を作ってくれるおばさん達が、子供たちの行列を笑顔で迎えてくれている。
 背の順に並んだ行列の先頭は、ケンとクミ。
 ちょっと太めの給食のおばさんが「入学、おめでとうさん」と言って、クミをぎゅっと抱きしめた。
 でも、クミは抱きしめられながら、ぷいっと横を向いちゃった。その顔は少し悲しそう。ケンと目が合うと、フンッと反対側を向いた。どうしちゃったのかな?

 次の日から、給食の始まり。

 上級生が鍋や食器を配膳用のテーブルに並べてくれ、ごはんやおかずもよそってくれる。
 初めての給食に、男の子も女の子もうれしさを隠しきれない。押し合いへし合いで列に並ぶ。ケンもその一人となり、お盆をひっくり返さないよう、気をつけて席に戻った。

 一方、クミはというと。
 行列に加わらないで、ぽつんと座っている。机の上には、薄いピンクの風呂敷に包まれた、小さな包み。

 新原先生がケンに寄ってきて、そっと話しかける。
「クミちゃんは、食べられないものがあってね。お母さんと先生とで相談して、お弁当を持ってきてもらうことにしたの。この学校の給食室の設備はね、ひとりだけに別のメニューを用意するのが難しくてね」

 ケンは思う。好き嫌いがはげしいのかな。サツマイモは好きそうだったけど。
 先生の合図で、『いただきます』の大合唱。ガチャガチャと食器がぶつかりあう音が廊下にも響き渡ってる。
 クミは少し恥ずかしそうに、弁当箱を隠しながら食べている。

 小学校の生活が始まって、二週間。

 仲よしグループが自然に生まれ、みんな、なんとなく好きな子、苦手な子ができ始めているみたい。
 一番背の大きいタケルという子が、よくまわりの男の子にちょっかいを出している。それを見ていたケンは、あまり近寄らないようにしようと用心している。
 クミは、ヨリという女の子と友だちになった。この子は、いつもニコニコ笑っていて、感じのいい子だな。

 ある日の給食の時間。

 タケルが中心となった、男の子五人のグループがゾロゾロと、ケンたちの方へ近寄ってくる。
 五人組はケンとクミの席を囲む。新原先生は、用事で職員室に戻っていて、今は教室にいない。

「おまえよう、いつも弁当持ってきて、ズルくねえか? 母ちゃんに好きなもんばっかり弁当箱に入れてもらってんだろ」
「そうだっ! 先生も、好き嫌いしないで何でも食べなさいって言ってるじゃないか!」
「そうだそうだ」

 五人組のターゲットは、ケンではなかった。
 だいたい五人とも、いつも嬉しそうに給食を食べているのにね。

 クミは箸を置き、何も答えずに、うつむいてしまう。
 ケンは、少しびくびくしながら、その様子をうかがっている。

 
「おい、何か言ったらどうなんだよ」
 五人組は、クミにからみ続ける。

 ケンが横目でちらっとクミの顔を見る。
 大きく開けているその目から、涙がにじみ出ている。
 必死に泣くのをこらえている。
 幼稚園の時から、ケンはクミが泣いたところを見たことがなかった。

 ケンは立ち上がった。
 
「食べるの、じゃましないでよ。クミちゃんには何か理由があるんだから、ほっといてよ!」

 五人組は一瞬びっくりしたみたいだけど、すぐにケンに向き直り、顔をニヤつかせた。
「クミちゃんだってよ。はずかしー。前から思ってたんだけどよ、お前ら、学校でイチャイチャすんなよなー」
 五人がはやし立てる。
 タケル達は、仲がいい二人のこと、ちょっと羨ましかったんじゃないかな。

 ケンが何かを言おうとしたとき、クミがセーターのすそを引っ張り、ケンを座らせる。

「もういい」
「だって……」

 クミは食べかけの弁当箱をしまうと、教室を走って出て行っちゃった。
友だちのヨリがその後を追いかける。

 その日。

 ケンは学校から家に帰り、ランドセルを机の上に置く。
 そしてベッドに顔から倒れ込む。
 
 なんかおかしい。
 なんかくやしい。
 なんで、クミがあんなこと言われなければならないの?
 あしたからも、おんなじことが続くのかな。

 クミのあんな顔、見たことない。
 クミのあんな顔、見たくない。

 ケンは、何かを決心したみたい。お母さんに事情を話し、お願いする。
 そばで聞いていたお姉ちゃんが冷やかすけど、それは無視。
 お母さんは真剣に聞いてくれている。

「ケン、本当にいいの?」
 お母さんは、ケンの目をじっと見つめている。
「うん、そうしたい」

「わかった」

 そして、お母さんは学校に電話をかけた。
「もしもし、一年二組のケンの母親です。担任の新原先生にご相談がありまして……」

 次の日の給食の時間。
 ケンは深呼吸して、ランドセルから弁当箱を取り出した。
 クミは、可愛いお口をぽかんと開けて、それを見ている。

 新しく決まった給食係の号令に合わせ、ケンはいつもより大きな声で「いただきます」の挨拶をした。弁当箱のフタを開け、ぱくぱく食べ始める。
 その間、口をあけたまま、クミの動きはずっと止まっていた。ふと何かを思い出したように弁当の包みを開け、箸を持つ。

 タケルと子分二人が近づいてきたが、ケンはギロッと三人を睨んだ。
新原先生も「自分の席に戻りなさい」と助け船を出してくれたんだ。

 クミが、ケンの肩をつんつんする。
「ありがとう、ケン」
 クミはぽそっとつぶやき、それから箸を持ち直して、野菜の煮物を食べた。

 日射しが強くなって、そろそろ夏かなって思うころ。
 一年生たちも、だいぶ学校に慣れたみたい。
 給食時間の騒動も何とか収まって、クミは幼稚園にいた時みたいに、明るく堂々としている。

 結局、いたずら姫と従順な家来の関係は、ずっと続いちゃっている。
 例えば……

 鍵盤ハーモニカのテスト。
 一人ひとり、新原先生の前で弾いてみて「合格」と言われたら、グラウンドで遊べる。ケンが合格をもらい、教室を出て行こうとしたら、「待って、ケン! 先生は『半合格』っておっしゃったのよ。惜しいけど、もう一回受け直し!」

 校内の写生会。
 グラウンドに出て、ケンはバラの花と一緒に、そこに潜っている『ハナムグリ』を描いている。鮮やかなミドリ色の可愛い虫。クミはケンの画用紙の上の方に空飛ぶ円盤を描き加え、ニッと笑って逃げていった。

 夏休みに入った。
 ケンは友だちのゴックン、そしてクミとヨリと一緒に、学校の解放プールに通った。

 実はケンは泳ぎが苦手。
 ある日。三年男子トリオが、背の小さいケンを捕まえ、プールの背が立たない深いところに放り投げてしまった! 自分が吐き出した空気の泡で、ケンの目の前は真っ白。苦しくてもがいているところ、サッと手が伸びてきて、誰かがケンの腕をつかみ、プールサイドに引き寄せた。
 クミはそのままプールを上がると、三年生に「溺れて死んじゃったらどうすんのよ!」とすごい勢いで怒鳴りこんでいった。悪ガキトリオはタジタジとなってプールサイドから退散した。

 二学期が始まった。
 一年生でも、クラスごとに「級長」が決められ、クラスをまとめたり、先生の手伝いをする。「はい」と手を上げ、クミはただ一人、立候補した。クラスの女の子たちは、クミの立候補を喜び、みんな賛成した。お姫様は自分から級長の地位を手に入れたよ。
 級長の特権で、副級長を指名できる。ケンは何だかイヤな予感がしていたが、ご指名により、副級長となった。こうしてお姫様と家来の関係は、続いていくんだ。
 ケンとクミ。
 はじめのうちは、一緒に遊んだり帰ったりしていると、まわりの子ども達は冷やかしていた。でも、クミが睨むし、何よりも、二人があまりにも自然にしているので、冷やかし甲斐がなくなっちゃったんだよね。いつの間にか二人が一緒にいるのは、クラスの中でも自然な風景になったんだ。。


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