シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
第二十七話
私の説明で綾斗の言わんとしていることを理解した恭平は、「来月かぁ……」と考える素振りを見せながら小さく呟いていた。
やはり都合を付けるのは難しいのだろう、私が「別に無理しなくていいよ」と伝えると、笑いながら首を横に振った。
「それは行かないわけにはいかないよな」
「パパ、来るの?」
「ああ」
恭平が頷いてみせると、綾斗が廊下で飛び跳ねて喜び始める。よっぽど来てほしかったみたいだ。古い建物だから足音が大きく響き、私達は慌てて息子を制する。
恭平を見ると少し険しい表情になっていたのは、急な話だったからやっぱり仕事の都合が悪いのかもしれない。綾斗の我が儘で彼に負担をかけてしまうことを私は密かに気にした。
発表会のある前日、綾斗を寝かしつける時間になっても隣の部屋に恭平が戻ってきた気配はしなかった。
私達が無理な誘いをしたせいで、仕事をさらに忙しくさせてしまったのかもしれない。そう考えたら私もかなり遅くまで寝付くことができなかった。
ようやく瞼を閉じられるようになったのは、廊下を革靴で歩く音が聞こえたからだ。スマホの時計を確認すると、深夜一時を過ぎたところ。かなり遅い帰宅だ。
「ごめん、やっぱり無理させちゃったよね……」
翌朝、恭平の車で保育園近くにあるコインパーキングまで乗せてもらい、私達は三人揃って登園した。
綾斗は初めてパパを先生や友達に紹介できると朝からずっとテンションが高い。これまでいないのが当たり前だった父親という存在が自分にもいたことが嬉しいのだろうか。そう考えると、私は胸にちくりと小さな痛みを感じた。
「その人、綾斗君のパパなの?」
保育室に入り、同じ年少の美羽ちゃんから真っ先に聞かれて、綾斗は嬉しそうに「そうだよ!」と答えていた。
今日は半休を取ったという恭平は、発表会が終わるとそのまま会社に戻るつもりらしくスーツ姿で、ラフな装いの他の父親達とは少し違って見えた。
だからだろうか、美羽ちゃんは「ふーん」という感じで特に興味はなさそうだったけれど、隣にいたママは恭平のことをマジマジとなぜか食い入るように見ていた。正直、あまり良い気分じゃない。
彼は付き合っていた頃にも私との待ち合わせ場所で、知らない女の人から声を掛けられていることが度々あった。背が高くて顔立ちも整っているし、人当たりの良い雰囲気を醸し出しているから当然で、そんな彼がどうして私なんかを選んでくれたのかと不思議で仕方なかった。
だから他に彼と釣り合う人が現れたなら、身を引くことしか考えることができなかった。そう思って四年前のあの日、彼の前から逃げ出した。
綾斗の朝の準備を終えて、私達はお遊戯室へと移動する。小さなステージの前では保護者達が思い思いの場所を陣取って座っていた。そして、後方には気合いの入った大きなカメラを構えた親達が三脚をセットして横一列にずらりと並んでいる。
一応、園が依頼した業者のカメラもスタンバイしていたが、皆一様に自分のカメラで我が子を撮影しようと必死なのだ。
「しまったな、俺もカメラ用意してくれば良かった……」
隣に座る恭平が悔しそうに漏らすのを、私は「ふふふ」と小さく笑う。
「後で写真屋さんの販売もあるから、うちはそれで十分だよ」
「そう?」
「今日は直接しっかり見てあげて」
分かったと頷いてから、恭平は子供達が入場してくる予定の入り口の方へ首を伸ばしている。彼がどこかソワソワしているように見えるのは、慣れない場所で落ち着かないのだろう。
そんな時、真後ろから肩を叩かれ、私はゆっくりと振り向く。
「お疲れ様です。今日はパパさんもご一緒なんですね」
声を掛けてきたのは水族館でも会った風間菜摘ちゃんのママだった。首から大きなカメラを提げた風間さんは、私の隣にいる恭平のことをチラチラと見ている。菜摘ちゃんとは赤ちゃんの頃から一緒なのに、突然父親が現れたから不審がられているのかもしれない。
「パパさんはこの後、お仕事なの?」
「ええ、今日は半休しか取れなくて……」
「ですよねぇ、うちもすでに有給使い切っちゃって、やっぱり平日だと難しいですよねぇ」
一人での参加だからか、風間さんはいい話し相手を見つけたとばかりに私達に話し掛けてくる。
恭平は適当に返事しながらも、入り口の方に視線を向けたまま胸ポケットからスマホを取り出して子供達の入場が始まるのを待っていた。
開会の時間になると園長先生の挨拶が始まり、すぐにベビークラスの子供達が保育士に抱っこされてお遊戯室へ入ってくる。よちよち歩きで先生と手を繋いでいる子など、同じクラスでも月齢によって様々で、子供に合わせてお遊戯の内容はバラバラだ。
私は綾斗の赤ちゃんの頃のことを思い出しつつ、それらを笑顔で見守った。
この場にいる保護者全員が同じ道を通ってきたこともあり、お遊戯室にはとても優しい空気が流れている。
年少クラスの入場が始まると、真後ろにいた風間さんがさっと立ち上がってから後方の立ち見スペースへと移動していく。今から本気の撮影モードに入る気らしい。
恭平もスマホのカメラを起動させて、控え目に腕を伸ばして入り口にレンズを向けていた。
やはり都合を付けるのは難しいのだろう、私が「別に無理しなくていいよ」と伝えると、笑いながら首を横に振った。
「それは行かないわけにはいかないよな」
「パパ、来るの?」
「ああ」
恭平が頷いてみせると、綾斗が廊下で飛び跳ねて喜び始める。よっぽど来てほしかったみたいだ。古い建物だから足音が大きく響き、私達は慌てて息子を制する。
恭平を見ると少し険しい表情になっていたのは、急な話だったからやっぱり仕事の都合が悪いのかもしれない。綾斗の我が儘で彼に負担をかけてしまうことを私は密かに気にした。
発表会のある前日、綾斗を寝かしつける時間になっても隣の部屋に恭平が戻ってきた気配はしなかった。
私達が無理な誘いをしたせいで、仕事をさらに忙しくさせてしまったのかもしれない。そう考えたら私もかなり遅くまで寝付くことができなかった。
ようやく瞼を閉じられるようになったのは、廊下を革靴で歩く音が聞こえたからだ。スマホの時計を確認すると、深夜一時を過ぎたところ。かなり遅い帰宅だ。
「ごめん、やっぱり無理させちゃったよね……」
翌朝、恭平の車で保育園近くにあるコインパーキングまで乗せてもらい、私達は三人揃って登園した。
綾斗は初めてパパを先生や友達に紹介できると朝からずっとテンションが高い。これまでいないのが当たり前だった父親という存在が自分にもいたことが嬉しいのだろうか。そう考えると、私は胸にちくりと小さな痛みを感じた。
「その人、綾斗君のパパなの?」
保育室に入り、同じ年少の美羽ちゃんから真っ先に聞かれて、綾斗は嬉しそうに「そうだよ!」と答えていた。
今日は半休を取ったという恭平は、発表会が終わるとそのまま会社に戻るつもりらしくスーツ姿で、ラフな装いの他の父親達とは少し違って見えた。
だからだろうか、美羽ちゃんは「ふーん」という感じで特に興味はなさそうだったけれど、隣にいたママは恭平のことをマジマジとなぜか食い入るように見ていた。正直、あまり良い気分じゃない。
彼は付き合っていた頃にも私との待ち合わせ場所で、知らない女の人から声を掛けられていることが度々あった。背が高くて顔立ちも整っているし、人当たりの良い雰囲気を醸し出しているから当然で、そんな彼がどうして私なんかを選んでくれたのかと不思議で仕方なかった。
だから他に彼と釣り合う人が現れたなら、身を引くことしか考えることができなかった。そう思って四年前のあの日、彼の前から逃げ出した。
綾斗の朝の準備を終えて、私達はお遊戯室へと移動する。小さなステージの前では保護者達が思い思いの場所を陣取って座っていた。そして、後方には気合いの入った大きなカメラを構えた親達が三脚をセットして横一列にずらりと並んでいる。
一応、園が依頼した業者のカメラもスタンバイしていたが、皆一様に自分のカメラで我が子を撮影しようと必死なのだ。
「しまったな、俺もカメラ用意してくれば良かった……」
隣に座る恭平が悔しそうに漏らすのを、私は「ふふふ」と小さく笑う。
「後で写真屋さんの販売もあるから、うちはそれで十分だよ」
「そう?」
「今日は直接しっかり見てあげて」
分かったと頷いてから、恭平は子供達が入場してくる予定の入り口の方へ首を伸ばしている。彼がどこかソワソワしているように見えるのは、慣れない場所で落ち着かないのだろう。
そんな時、真後ろから肩を叩かれ、私はゆっくりと振り向く。
「お疲れ様です。今日はパパさんもご一緒なんですね」
声を掛けてきたのは水族館でも会った風間菜摘ちゃんのママだった。首から大きなカメラを提げた風間さんは、私の隣にいる恭平のことをチラチラと見ている。菜摘ちゃんとは赤ちゃんの頃から一緒なのに、突然父親が現れたから不審がられているのかもしれない。
「パパさんはこの後、お仕事なの?」
「ええ、今日は半休しか取れなくて……」
「ですよねぇ、うちもすでに有給使い切っちゃって、やっぱり平日だと難しいですよねぇ」
一人での参加だからか、風間さんはいい話し相手を見つけたとばかりに私達に話し掛けてくる。
恭平は適当に返事しながらも、入り口の方に視線を向けたまま胸ポケットからスマホを取り出して子供達の入場が始まるのを待っていた。
開会の時間になると園長先生の挨拶が始まり、すぐにベビークラスの子供達が保育士に抱っこされてお遊戯室へ入ってくる。よちよち歩きで先生と手を繋いでいる子など、同じクラスでも月齢によって様々で、子供に合わせてお遊戯の内容はバラバラだ。
私は綾斗の赤ちゃんの頃のことを思い出しつつ、それらを笑顔で見守った。
この場にいる保護者全員が同じ道を通ってきたこともあり、お遊戯室にはとても優しい空気が流れている。
年少クラスの入場が始まると、真後ろにいた風間さんがさっと立ち上がってから後方の立ち見スペースへと移動していく。今から本気の撮影モードに入る気らしい。
恭平もスマホのカメラを起動させて、控え目に腕を伸ばして入り口にレンズを向けていた。