シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
第二十六話
同じ保育園に通い続けていても、ベビークラスとその上のクラスでは園での過ごし方が大きく変わる。遊びの延長の保育から、集団行動を育むカリキュラムが追加されるからだ。
そして、年少にもなれば発表会では一人一人に役柄が与えられて、短いながらも台詞と動きが用意される。
「すみれ組さんは毎年『大きなカブ』をやることになってるのよ」
「あ、去年のは少し見ました。お面を頭につけて、みんなで『うんとこしょーどっこいしょ』ってやるやつですよね?」
お迎えで一緒になった浜田さんから発表会の話を聞いて、私は昨年の帰り際にちらりと見たことを思い出す。園行事は年齢別に行われるため、前年はまだ未就園児クラスだった綾斗はステージ上で簡単な手遊び歌をしただけで終わった。それはそれで可愛かったのだけれど、発表というよりは普段の保育時間の延長という感じだった。
年中や年長になるとそれぞれのクラスに合わせてテーマが変わるらしく、昨年の年長クラスはみんなが忍者になって得意な技を披露したのだという。今の年少で恐竜ブームが起こっているように、クラスごとに毎年何かしらの流行りがあるのだという。ということは、このままいけば来年は息子の恐竜姿が見られるかもしれない。
「瑛太は確か、ネズミ役だったわ」
「へー、可愛い」
それぞれが好きな役を選ぶから、お爺さんやお婆さんが不在の年もあると聞いて、私は目を丸くする。だって、あの物語の主人公はお爺さんじゃなかったっけ? その場合、誰がカブの種を蒔いて育てるんだろうか。
子供達の意思を尊重したことで主役不在になった物語。それはそれで見てみたい。
そう思いながら保育室へ向かうと、私の顔を見て駆け寄ってきた息子が開口一番で得意げに報告してくる。
「綾斗ね、アツ君と一緒にお爺さんをやるんだー」
発表会での役決めを今日行ったらしく、保育室のホワイトボードにはそれぞれの配役が先生のイラスト付きで描かれていた。見てみるとお爺さんはいるけど、お婆さんをやりたがる子は一人もいなかったみたいで空白になっている。代わりに孫娘と猫のところにクラスの女の子の大半の名前が並んでいた。人気の偏りが半端ない。
「すごいね、お爺さんっていったら主役だよ」
「最初、誰もいなかったけど、樋口先生が『お爺さんは一番長く出てる役だから頑張ってくれる子いないかなー?』って言ったから手上げた」
「そうだね、お爺さんは種撒きから頑張らないといけないもんね」
カブを引き抜くだけじゃないという大役に、綾斗は鼻を膨らませている。先生からも立候補したことを沢山褒めてもらったらしい。アツ君は綾斗が変えるならと一緒に手をあげてくれたみたいで、二人ともお爺さんの前は去年の瑛太君と同じネズミを希望していたのだという。
帰りの用意をしている際、教室の隅の棚の上に子供達が色を塗ったばかりのお面がずらりと並んでいるのが目に入った。あれを付けて劇をするのかと思うと、楽しみで仕方ない。先生用の机の上には歴代の年少に受け継がれているという、布製の大きなカブが飾られていた。大人でも一抱えありそうなビッグサイズだ。
帰りの自転車でも綾斗は発表会の劇の話に夢中になっていた。絵本を読み聞かせてもらった後、アツ君と一緒にお爺さんのお面に色塗りをしたと教えてくれる。
そして、思い出したように私に聞いてくる。
「発表会って、パパも見に来てくれるかな?」
通っている園の行事は平日の午前中に行われることがほとんどで、発表会も同じだ。登園後に子供達を保育室へ送り届けた後、保護者はそのままお遊戯室で待つことになる。だからその日に合わせて休みや半休を取る人がほとんどだけれど、中には普段通りに仕事へ向かう人もいる。
来れない人もいる反面、両親だけでなく祖父母まで勢揃いで参加する家庭もある。これまでは私一人だけだったけれど、綾斗は恭平にも来て欲しいのだという。
「でも、パパはお仕事忙しいからね……」
ここ最近の恭平はアパートに帰って来ない日の方が多い。元々、専務だった頃もとても忙しそうだったし、社長職を継いだ今はさらに仕事量が増えていて当たり前だ。会社近くにある本来の自分のマンションへ帰る方が都合がいいに決まっている。私達に合わせて早い時間に帰宅していた時はかなり無理していたに違いない。
私は息子へ向かって言葉を濁したけれど、諦めきれなかった綾斗は週末の朝に私が止めるのも聞かず、恭平の部屋の玄関チャイムを押しに向かった。まだ眠そうな顔のまま玄関ドアを開けた恭平が、昨夜もかなり遅い帰宅だったのを私は知っている。
「ご、ごめんなさい……綾斗がどうしてもって。――もうっ、せめてお昼過ぎてからにしなさいって言ったでしょ!」
「ええーっ、だってぇ……」
玄関前で騒ぐ私達のことを、朝日が眩しいとでもいいたげに目を細めながら恭平は静かに笑いながら眺めていた。彼には怒られないと分かった綾斗は恭平のことを期待に満ちた目で見上げる。
「パパも発表会に来てくれる?」
「発表会、って……?」
説明不十分な子供の言葉に、恭平は目をぱちくりさせている。私は慌てて説明を付け足す。
「来月、保育園であるの。年少は劇をやるんだけど……」
そして、年少にもなれば発表会では一人一人に役柄が与えられて、短いながらも台詞と動きが用意される。
「すみれ組さんは毎年『大きなカブ』をやることになってるのよ」
「あ、去年のは少し見ました。お面を頭につけて、みんなで『うんとこしょーどっこいしょ』ってやるやつですよね?」
お迎えで一緒になった浜田さんから発表会の話を聞いて、私は昨年の帰り際にちらりと見たことを思い出す。園行事は年齢別に行われるため、前年はまだ未就園児クラスだった綾斗はステージ上で簡単な手遊び歌をしただけで終わった。それはそれで可愛かったのだけれど、発表というよりは普段の保育時間の延長という感じだった。
年中や年長になるとそれぞれのクラスに合わせてテーマが変わるらしく、昨年の年長クラスはみんなが忍者になって得意な技を披露したのだという。今の年少で恐竜ブームが起こっているように、クラスごとに毎年何かしらの流行りがあるのだという。ということは、このままいけば来年は息子の恐竜姿が見られるかもしれない。
「瑛太は確か、ネズミ役だったわ」
「へー、可愛い」
それぞれが好きな役を選ぶから、お爺さんやお婆さんが不在の年もあると聞いて、私は目を丸くする。だって、あの物語の主人公はお爺さんじゃなかったっけ? その場合、誰がカブの種を蒔いて育てるんだろうか。
子供達の意思を尊重したことで主役不在になった物語。それはそれで見てみたい。
そう思いながら保育室へ向かうと、私の顔を見て駆け寄ってきた息子が開口一番で得意げに報告してくる。
「綾斗ね、アツ君と一緒にお爺さんをやるんだー」
発表会での役決めを今日行ったらしく、保育室のホワイトボードにはそれぞれの配役が先生のイラスト付きで描かれていた。見てみるとお爺さんはいるけど、お婆さんをやりたがる子は一人もいなかったみたいで空白になっている。代わりに孫娘と猫のところにクラスの女の子の大半の名前が並んでいた。人気の偏りが半端ない。
「すごいね、お爺さんっていったら主役だよ」
「最初、誰もいなかったけど、樋口先生が『お爺さんは一番長く出てる役だから頑張ってくれる子いないかなー?』って言ったから手上げた」
「そうだね、お爺さんは種撒きから頑張らないといけないもんね」
カブを引き抜くだけじゃないという大役に、綾斗は鼻を膨らませている。先生からも立候補したことを沢山褒めてもらったらしい。アツ君は綾斗が変えるならと一緒に手をあげてくれたみたいで、二人ともお爺さんの前は去年の瑛太君と同じネズミを希望していたのだという。
帰りの用意をしている際、教室の隅の棚の上に子供達が色を塗ったばかりのお面がずらりと並んでいるのが目に入った。あれを付けて劇をするのかと思うと、楽しみで仕方ない。先生用の机の上には歴代の年少に受け継がれているという、布製の大きなカブが飾られていた。大人でも一抱えありそうなビッグサイズだ。
帰りの自転車でも綾斗は発表会の劇の話に夢中になっていた。絵本を読み聞かせてもらった後、アツ君と一緒にお爺さんのお面に色塗りをしたと教えてくれる。
そして、思い出したように私に聞いてくる。
「発表会って、パパも見に来てくれるかな?」
通っている園の行事は平日の午前中に行われることがほとんどで、発表会も同じだ。登園後に子供達を保育室へ送り届けた後、保護者はそのままお遊戯室で待つことになる。だからその日に合わせて休みや半休を取る人がほとんどだけれど、中には普段通りに仕事へ向かう人もいる。
来れない人もいる反面、両親だけでなく祖父母まで勢揃いで参加する家庭もある。これまでは私一人だけだったけれど、綾斗は恭平にも来て欲しいのだという。
「でも、パパはお仕事忙しいからね……」
ここ最近の恭平はアパートに帰って来ない日の方が多い。元々、専務だった頃もとても忙しそうだったし、社長職を継いだ今はさらに仕事量が増えていて当たり前だ。会社近くにある本来の自分のマンションへ帰る方が都合がいいに決まっている。私達に合わせて早い時間に帰宅していた時はかなり無理していたに違いない。
私は息子へ向かって言葉を濁したけれど、諦めきれなかった綾斗は週末の朝に私が止めるのも聞かず、恭平の部屋の玄関チャイムを押しに向かった。まだ眠そうな顔のまま玄関ドアを開けた恭平が、昨夜もかなり遅い帰宅だったのを私は知っている。
「ご、ごめんなさい……綾斗がどうしてもって。――もうっ、せめてお昼過ぎてからにしなさいって言ったでしょ!」
「ええーっ、だってぇ……」
玄関前で騒ぐ私達のことを、朝日が眩しいとでもいいたげに目を細めながら恭平は静かに笑いながら眺めていた。彼には怒られないと分かった綾斗は恭平のことを期待に満ちた目で見上げる。
「パパも発表会に来てくれる?」
「発表会、って……?」
説明不十分な子供の言葉に、恭平は目をぱちくりさせている。私は慌てて説明を付け足す。
「来月、保育園であるの。年少は劇をやるんだけど……」