シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
第三十話
アメリカ支社での勤務は思っていたよりもハードで、恋人に捨てられたばかりの俺も感傷に浸っている暇がなくて丁度良かった。がむしゃらに仕事をし、日本にいる父が文句を言えないくらいの実績を上げ、ようやく帰国することになったのはあれから四年後のこと。
全ての元凶が自分の父親だと思い込み続け、親父の席を奪えるだけの力を付けて戻ってきた。誰かを恨んでいないと正気を保つのは難しかった。
不思議なことに、向こうでは思い出す余裕すらなかったのに、こちらに戻って来た途端に深い寂しさに襲われてしまった。小春との出会いは会社近くの喫茶店だったから、勤務先の周辺には彼女との思い出で溢れていて、忘れかけていたはずの記憶まで鮮明に蘇ってしまう。
幸せだったことを思い出す度、彼女が消えたことを知った時の空虚感に襲われる。
自分でも呆れるくらい、俺は彼女に固執していたみたいで、会いたいという気持ちは四年前と少しも変わらなかった。
小春と過ごす時間は何よりも癒しで、彼女の笑い声が活力の源だった。そこまで想える人と再び出会えるとは思えず、諦めの悪い俺はもう一度彼女の行方を捜した。彼女の代わりなんて、この世のどこにも存在しないのだから。
ただすでに四年も経っているから自力では無理だと、最初から迷わずに調査会社を使ったことで彼女が少し離れた街で生活していることがすぐに分かった。
思ったよりあっさりと見つかったことで、あの時もどうしてプロの力を借りることをしなかったのかと、後悔に苛まれる。
そして、居場所と同時に、小春がどうして俺の前から逃げるように姿を消したのか、その理由をようやく知った。
調査報告書の一番最初のページに印刷されていた彼女の近景には、小さな男の子が一緒に写り込んでいたのだ。自分ととてもよく似た目をした、人懐っこい笑顔を浮かべた子供。
――小春に、子供が……?
綾斗という名の男児。年齢は三歳だという報告に、俺は溢れ出る涙が止まらなかった。彼女は俺との子供を身籠って、それを隠すために去っていったのだと気付く。
小春は親の顔色ばかり伺っているような不甲斐ない俺では、大切な子供の命を守れないと判断したのだ。確かに、ワンマン経営者だった親父のことを当時の俺では止め切れる自信はなかった。きっといろんなものを捨てる勇気もなかっただろう。
真正面から反対された場合、一番傷付くのは彼女自身だったはずだ。
間違いなく、父が彼女の妊娠を知れば俺達の仲を力尽くで引き裂こうと動いただろうし、俺も逆らいきれたかどうかは分からない。彼女の傍にいるために、会社を辞めて家と縁を切るという決断がはたしてできただろうか?
仕事に対する責務という詰まらない理由に負けて、言われるがままに勧められた縁談を受けてしまっていた可能性もある。
子供の頃から親が敷いたレールに乗って生きていただけの俺に、歯向かえる気力はなかっただろうから。
アメリカ支社行きは、俺にとって初めての親への反抗だった。それが結果的に、俺が父親に対する力を付けることになるとは思いもよらなかったけれど。
黙って居なくなった彼女のことを少しでも責める気持ちがあった自分自身が情けなく思えてくる。彼女はお腹に宿った子供を守るために、安全なところへと避難してくれただけなのに。責められるべきは俺自身の弱さだったにもかかわらず。
あの頃の自分の無力さが、彼女に大変な決断をさせたことを知り、激しく後悔する。誰よりも優しい小春が、俺を傷付けるために姿を消したわけがなかった。
彼女が一人で決断して守り通した子供の名前を、俺は声に出さない声で小さく呟いた。
「綾斗、か」
まだ調査書の写真でしか見たことがない息子は、俺のことを父親として認めてはくれないかもしれない。それでも小春と綾斗に会いたくて、俺は彼女達の住むアパートを訪ねた。
帰国後、ワンマン経営者だった父親を退任に追い込んだことで、今度こそ彼女らを守れるという自信はあった。でも、実際に小春と綾斗から受け入れてもらえるかどうかは分からない。情けない男に人生を振り回されて、とっくにうんざりしているかもしれない。
それでも少しでも傍にいたくて、アパートの隣の部屋を借りた。たまたま空き部屋だったのは運が良かった。はっきり言って、度を越えた行為だと自分でもドン引きしたけれど、我慢なんてできるはずがない。
――これじゃあ、ストーカーだな……
小春達を見つけた後の自分の行動を思い起こし、呆れ笑いを漏らす。
彼女が他の男と出かけると聞いて、付いていったのはやり過ぎだったと今なら分かる。でも、再会した小春は以前と何も変わっていなくて、黙って見過ごすなんてできなかった。少しでも傍で見守っていたいという一心だった。
自分でも情けないほど大人げない行動ばかりしてしまうのはなぜだろうか。
全ての元凶が自分の父親だと思い込み続け、親父の席を奪えるだけの力を付けて戻ってきた。誰かを恨んでいないと正気を保つのは難しかった。
不思議なことに、向こうでは思い出す余裕すらなかったのに、こちらに戻って来た途端に深い寂しさに襲われてしまった。小春との出会いは会社近くの喫茶店だったから、勤務先の周辺には彼女との思い出で溢れていて、忘れかけていたはずの記憶まで鮮明に蘇ってしまう。
幸せだったことを思い出す度、彼女が消えたことを知った時の空虚感に襲われる。
自分でも呆れるくらい、俺は彼女に固執していたみたいで、会いたいという気持ちは四年前と少しも変わらなかった。
小春と過ごす時間は何よりも癒しで、彼女の笑い声が活力の源だった。そこまで想える人と再び出会えるとは思えず、諦めの悪い俺はもう一度彼女の行方を捜した。彼女の代わりなんて、この世のどこにも存在しないのだから。
ただすでに四年も経っているから自力では無理だと、最初から迷わずに調査会社を使ったことで彼女が少し離れた街で生活していることがすぐに分かった。
思ったよりあっさりと見つかったことで、あの時もどうしてプロの力を借りることをしなかったのかと、後悔に苛まれる。
そして、居場所と同時に、小春がどうして俺の前から逃げるように姿を消したのか、その理由をようやく知った。
調査報告書の一番最初のページに印刷されていた彼女の近景には、小さな男の子が一緒に写り込んでいたのだ。自分ととてもよく似た目をした、人懐っこい笑顔を浮かべた子供。
――小春に、子供が……?
綾斗という名の男児。年齢は三歳だという報告に、俺は溢れ出る涙が止まらなかった。彼女は俺との子供を身籠って、それを隠すために去っていったのだと気付く。
小春は親の顔色ばかり伺っているような不甲斐ない俺では、大切な子供の命を守れないと判断したのだ。確かに、ワンマン経営者だった親父のことを当時の俺では止め切れる自信はなかった。きっといろんなものを捨てる勇気もなかっただろう。
真正面から反対された場合、一番傷付くのは彼女自身だったはずだ。
間違いなく、父が彼女の妊娠を知れば俺達の仲を力尽くで引き裂こうと動いただろうし、俺も逆らいきれたかどうかは分からない。彼女の傍にいるために、会社を辞めて家と縁を切るという決断がはたしてできただろうか?
仕事に対する責務という詰まらない理由に負けて、言われるがままに勧められた縁談を受けてしまっていた可能性もある。
子供の頃から親が敷いたレールに乗って生きていただけの俺に、歯向かえる気力はなかっただろうから。
アメリカ支社行きは、俺にとって初めての親への反抗だった。それが結果的に、俺が父親に対する力を付けることになるとは思いもよらなかったけれど。
黙って居なくなった彼女のことを少しでも責める気持ちがあった自分自身が情けなく思えてくる。彼女はお腹に宿った子供を守るために、安全なところへと避難してくれただけなのに。責められるべきは俺自身の弱さだったにもかかわらず。
あの頃の自分の無力さが、彼女に大変な決断をさせたことを知り、激しく後悔する。誰よりも優しい小春が、俺を傷付けるために姿を消したわけがなかった。
彼女が一人で決断して守り通した子供の名前を、俺は声に出さない声で小さく呟いた。
「綾斗、か」
まだ調査書の写真でしか見たことがない息子は、俺のことを父親として認めてはくれないかもしれない。それでも小春と綾斗に会いたくて、俺は彼女達の住むアパートを訪ねた。
帰国後、ワンマン経営者だった父親を退任に追い込んだことで、今度こそ彼女らを守れるという自信はあった。でも、実際に小春と綾斗から受け入れてもらえるかどうかは分からない。情けない男に人生を振り回されて、とっくにうんざりしているかもしれない。
それでも少しでも傍にいたくて、アパートの隣の部屋を借りた。たまたま空き部屋だったのは運が良かった。はっきり言って、度を越えた行為だと自分でもドン引きしたけれど、我慢なんてできるはずがない。
――これじゃあ、ストーカーだな……
小春達を見つけた後の自分の行動を思い起こし、呆れ笑いを漏らす。
彼女が他の男と出かけると聞いて、付いていったのはやり過ぎだったと今なら分かる。でも、再会した小春は以前と何も変わっていなくて、黙って見過ごすなんてできなかった。少しでも傍で見守っていたいという一心だった。
自分でも情けないほど大人げない行動ばかりしてしまうのはなぜだろうか。