シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
第三十一話
少し寝坊してお弁当が作れなかった日の昼休憩。駅下にあるコンビニへおにぎりかパンでも買うつもりで入った際、外に面した窓辺に並ぶ雑誌用の棚が目につく。
ゴシップだらけの週刊誌はあまり好きじゃなかったけれど、たまに柿崎さんが読んでいるのを見せてもらうことがある。とは言っても連載中のエッセイ漫画に目を通すくらいだったけれど。
――今週はあの漫画、休載だったっけ……
立ち読みする目的もなく素通りするつもりだったはずなのに、ごちゃごちゃと沢山のタイトルが羅列された表紙の中に、小さく『望月コーポレーション』という社名が見えた気がして立ち止まる。
今日発売されたばかりのその雑誌は人気女優の恋愛スキャンダルをメインに取り上げ、その恋人とのツーショット写真を目立つように配置していたが、ぎっしりと小さな文字の他の記事タイトルで表紙全体を埋め尽くしていた。
『都市開発事業を押し進める望月コーポレーションの戦略の鍵は地方議員令嬢か』
本当に小さな記事タイトルだったけれど、私は気付いた瞬間に雑誌を手に取り目次を確認してページを開く。見開き一ページだけの記事だったから店員に立ち読みを注意されるまでもなく読み終え、動揺して微かな震えが止まらなくなった手で雑誌を棚へと戻した。
そのまま何も買うこともせず、私は事務所へと戻る。手ぶらで帰ってきた私のことを柿崎さんが不思議そうな顔をして見ていたが、言い訳を口にできる余裕なんてなかった。
「コーヒー淹れるけど、大槻さんも飲む?」
「……あ、ありがとうございます」
かろうじてお礼を伝えながら頷き返した後、デスクに顔をうつ伏せる。突然入ってきた情報を整理できず、頭の中は混乱していた。コーヒーの入ったマグカップと一緒に、柿崎さんが私の頭の横に個包装のチョコレートをそっと置いてってくれたのを、何とはなしに眺める。
――やっぱり、あの時と何も変わってないじゃない……
恭平は代替わりして社内での立場が変わったと言っていた。だから、もう何の心配もいらないと。それは彼が私を選んでくれたのだから信じていいという意味だと思い込んでいたけど、実際は違った。
彼には以前と変わらず立場があり、全く別の場所に生きている人だった。私が一緒にいたいと気軽に思っていい人ではなかったのだ。
昨晩もまた、恭平はアパートに帰ってきてはいないようだった。それは彼に別の生活の場が存在することを意味している。でも、私にはあそこしか帰る場所はない。
週刊誌の記事には、都市開発事業に深く関わる政治家の娘との縁談が、望月コーポレーションの社長である恭平との間で進んでいるという内容だった。業界内を震撼させ、社運を大きく賭けた縁談は、彼の会社が積極的に推し進めているのだという。
記事自体は名前が挙がっている政治家への批判や裏金疑惑の追及が中心で、恭平自身についてはほとんど触れられてはいなかったが。
私は少しだけ頭を起こし、バッグの内ポケットからスマホを取り出す。この記事が出た雑誌が発売されたことを彼が知らないわけがない。何か事情があるのかもと期待したけれど、恭平からの連絡は何も届いていなかった。
心ここにあらずで抜け殻のようなまま、私は午後からの勤務をかろうじてこなすと、息子を迎えに保育園へとママチャリを走らせる。こんな日に限って、保育室へ顔を出すと担任の先生から深刻な表情で声を掛けられてしまう。
「お母さん、少しお時間いいですか……?」
新しいクラスにも慣れ始めたからか、子供同士の揉め事が増え出したようだった。それぞれの好き嫌いや個性が現れてきて、互いの距離感の違いで衝突したりしているようで、綾斗も度々お友達と喧嘩になることがあるらしい。
降園時に先生から声を掛けられると反射的に身構えてしまう。
「今日の給食の時間だったんですが……」
言いながら、樋口先生が申し訳なさそうにビニール袋に入った綾斗の給食袋を差し出してくる。給食袋はなぜかぐっしょりと濡れているみたいだった。
「綾斗君の隣に座っていた子達がふざけ合ってまして、ちょうどテーブルの上に置いたままだった綾斗君の給食袋を放り投げてしまったんですね。それがたまたま、向いの席の子のお椀に――」
何事かと身構えていた私は、少し拍子抜けする。喧嘩して誰かを傷付けたのかと思い込み、「申しわけありません」の言葉が喉の近くまですでに出かかっていた。
「給食袋はすぐに洗わせていただいたので、シミにはなってないと思うんですが、綾斗君はとてもショックだったみたいで午後の保育は一切参加されなくって」
「そうなんですね、すみません……」
「いえ、お友達からの『ごめんなさい』にはちゃんと『いいよ』と言って仲直りはされてるんですが、お家でも話を聞いてあげていただければと思いまして」
とんだ事故に遭遇してしまったことで、落ち込んで元気が無くなっているという息子の姿を探してみると、保育室の隅で一人でブロック遊びをしているところだった。
私は自分のことで気持ちを引き摺っている場合じゃないなと、必死で明るく振舞って息子へと声を掛けた。
「綾斗、今日はスーパーに寄ってお菓子買ってから帰ろっか!」
ゴシップだらけの週刊誌はあまり好きじゃなかったけれど、たまに柿崎さんが読んでいるのを見せてもらうことがある。とは言っても連載中のエッセイ漫画に目を通すくらいだったけれど。
――今週はあの漫画、休載だったっけ……
立ち読みする目的もなく素通りするつもりだったはずなのに、ごちゃごちゃと沢山のタイトルが羅列された表紙の中に、小さく『望月コーポレーション』という社名が見えた気がして立ち止まる。
今日発売されたばかりのその雑誌は人気女優の恋愛スキャンダルをメインに取り上げ、その恋人とのツーショット写真を目立つように配置していたが、ぎっしりと小さな文字の他の記事タイトルで表紙全体を埋め尽くしていた。
『都市開発事業を押し進める望月コーポレーションの戦略の鍵は地方議員令嬢か』
本当に小さな記事タイトルだったけれど、私は気付いた瞬間に雑誌を手に取り目次を確認してページを開く。見開き一ページだけの記事だったから店員に立ち読みを注意されるまでもなく読み終え、動揺して微かな震えが止まらなくなった手で雑誌を棚へと戻した。
そのまま何も買うこともせず、私は事務所へと戻る。手ぶらで帰ってきた私のことを柿崎さんが不思議そうな顔をして見ていたが、言い訳を口にできる余裕なんてなかった。
「コーヒー淹れるけど、大槻さんも飲む?」
「……あ、ありがとうございます」
かろうじてお礼を伝えながら頷き返した後、デスクに顔をうつ伏せる。突然入ってきた情報を整理できず、頭の中は混乱していた。コーヒーの入ったマグカップと一緒に、柿崎さんが私の頭の横に個包装のチョコレートをそっと置いてってくれたのを、何とはなしに眺める。
――やっぱり、あの時と何も変わってないじゃない……
恭平は代替わりして社内での立場が変わったと言っていた。だから、もう何の心配もいらないと。それは彼が私を選んでくれたのだから信じていいという意味だと思い込んでいたけど、実際は違った。
彼には以前と変わらず立場があり、全く別の場所に生きている人だった。私が一緒にいたいと気軽に思っていい人ではなかったのだ。
昨晩もまた、恭平はアパートに帰ってきてはいないようだった。それは彼に別の生活の場が存在することを意味している。でも、私にはあそこしか帰る場所はない。
週刊誌の記事には、都市開発事業に深く関わる政治家の娘との縁談が、望月コーポレーションの社長である恭平との間で進んでいるという内容だった。業界内を震撼させ、社運を大きく賭けた縁談は、彼の会社が積極的に推し進めているのだという。
記事自体は名前が挙がっている政治家への批判や裏金疑惑の追及が中心で、恭平自身についてはほとんど触れられてはいなかったが。
私は少しだけ頭を起こし、バッグの内ポケットからスマホを取り出す。この記事が出た雑誌が発売されたことを彼が知らないわけがない。何か事情があるのかもと期待したけれど、恭平からの連絡は何も届いていなかった。
心ここにあらずで抜け殻のようなまま、私は午後からの勤務をかろうじてこなすと、息子を迎えに保育園へとママチャリを走らせる。こんな日に限って、保育室へ顔を出すと担任の先生から深刻な表情で声を掛けられてしまう。
「お母さん、少しお時間いいですか……?」
新しいクラスにも慣れ始めたからか、子供同士の揉め事が増え出したようだった。それぞれの好き嫌いや個性が現れてきて、互いの距離感の違いで衝突したりしているようで、綾斗も度々お友達と喧嘩になることがあるらしい。
降園時に先生から声を掛けられると反射的に身構えてしまう。
「今日の給食の時間だったんですが……」
言いながら、樋口先生が申し訳なさそうにビニール袋に入った綾斗の給食袋を差し出してくる。給食袋はなぜかぐっしょりと濡れているみたいだった。
「綾斗君の隣に座っていた子達がふざけ合ってまして、ちょうどテーブルの上に置いたままだった綾斗君の給食袋を放り投げてしまったんですね。それがたまたま、向いの席の子のお椀に――」
何事かと身構えていた私は、少し拍子抜けする。喧嘩して誰かを傷付けたのかと思い込み、「申しわけありません」の言葉が喉の近くまですでに出かかっていた。
「給食袋はすぐに洗わせていただいたので、シミにはなってないと思うんですが、綾斗君はとてもショックだったみたいで午後の保育は一切参加されなくって」
「そうなんですね、すみません……」
「いえ、お友達からの『ごめんなさい』にはちゃんと『いいよ』と言って仲直りはされてるんですが、お家でも話を聞いてあげていただければと思いまして」
とんだ事故に遭遇してしまったことで、落ち込んで元気が無くなっているという息子の姿を探してみると、保育室の隅で一人でブロック遊びをしているところだった。
私は自分のことで気持ちを引き摺っている場合じゃないなと、必死で明るく振舞って息子へと声を掛けた。
「綾斗、今日はスーパーに寄ってお菓子買ってから帰ろっか!」