シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
第三十四話
その連絡を受けたのはとても唐突で、しかも毎日マメにポストを確認することをしていなかったから、いつ届いたのかも微妙だった。
どこにでも売っていそうな長方形の茶封筒にボールペンで書かれた達筆な宛名。切手はないから直接ポストへ入れられたのだろう。それを丁寧に開封した後、私は息子がテレビを見ている隣で絶句する。
『アパート解体工事の決定に伴い、次回以降の更新をお断りさせていただきます』
丁寧に時節の挨拶から綴られた家主からの残酷な通知書。アパートのある地域が都市開発エリアに指定されたことで、住民へ向けて立ち退きをお願いする文章だった。
この辺りには新たに作られる公園を囲むようにして、高層マンションがいくつか建つ予定なのだという。駅から十五分という立地はベッドタウンには丁度いいのだろう。
確かにここ数か月でご近所に更地や空き家が増えているなとは感じていた。でもまさかこんな急に住む場所が無くなるなんて想像もしていなかった。
大家さんはお願いという体を取ってくれているが、賃貸契約の更新をしてもらえないのなら出ていかなければいけない。もちろん、居住権とかもあるし法的な強制力はないけれど、強引に住み続けるなんて真似をするつもりもない。
次の更新は三か月後だったけれど、大家さんは半年の猶予を宣言してくれていて、引っ越しの費用の半分は負担してくれると提案してくれているのだから、どちらかと言えば良心的だ。
ただ、半年もあるなら何とかなるだろうと高を括っていた私は、休憩時間を利用してショップへ相談に訪れ、飯塚さんから呆れ顔をしながら鼻で笑われる。
「まだ小さい子供も一緒でしょう? ワンルームは単身向けで無理だし、でもってファミリータイプの物件になると今のところと同じ金額じゃほとんどないですよ。それに今は引っ越しシーズンじゃないですしねぇ」
「別に築年数は多少経ってても平気なので……」
「あー、古い物件だからって安いとは限りませんよ。リノベして手が入ってたら、家賃は新築とそこまで変わらないですから」
通勤できる範囲で、できれば今の保育園にも通い続けられる方がいいと言うと、飯塚さんは呆れを通り越した同情顔になる。己の立場を考えずに何を贅沢なとでも言いたいのだろう。
私も飯塚さんと一緒に物件情報のファイルを捲って探してみたが、条件の合う物は見つかりそうもなかった。
そう言えば、今の部屋に辿り着く前も社長の伝手を使ってもらったりと、なかなか大変だったという記憶が蘇ってくる。
「……まあ、何か出てきたら見ておきますんで」
「お願いします」
半年の間に条件に合う物件が発掘されることを願うしか、今の私にはできそうもない。頭の中で毎月の支出を思い浮かべながら、あとどのくらいまで家賃が捻出できるかと計算し、深い溜め息を吐きだした。
――今はいいけど、綾斗が学校へ行くようになったら……
今後やりたいと言い出す習い事はさせてあげたいし、周りの子のを見て欲しがる物が出てくるかもしれない。そんな時に片親だからと余計な我慢はさせたくはない。かつて母が私にそうしてくれたように。
自社が取り扱っている以外にも条件が合う物件があるんじゃないかと、暇さえあればスマホで他社の賃貸情報サイトを見て回る日々。時期が悪いというのもあるのか、これといった物とは巡り合えそうもなかった。
そんな中、社長の知り合い経由で古い空き家に建物の管理も兼ねて住んでくれる人を探しているという話が舞い込んでくる。入り組んだ場所にある平屋で、防犯面の不安があったけれど、私は休日を利用して現地見学に向かった。案内してくれた同僚の野瀬さんは飯塚さんと同じように呆れた顔をしていた。
「止めといた方がいいと思うんすけどねぇ。あんまり小さい子連れで住むようなところじゃないっすよ」
「でも、希望の家賃に合う物件がここくらいしか……」
綾斗と手を繋いで訪れた家は昭和に建てられたという木造の建物。周囲には新しく建て替えられたばかりの白いモルタル壁の二階建て家屋だらけの中、とても異質な存在だった。
「なんか変わり者のお爺ちゃんが一人で住んでたらしいっすよ。生前はゴミ屋敷状態だったらしくて、何度も市にクレームが入ってたって」
「ゴミ屋敷……」
「解体するには金かかるし、そのまま放置だと痛んで倒壊する可能性もあるから代わりに住む人を探してるらしいっす。中の荷物はほとんど処分されたって話なんですが――」
そう言いながら鍵を開けて中へ入った野瀬さんは、私達に以前は居間として使われていたらしい和室へと案内してくれる。ゴミ屋敷だった時のままらしく、古く痛んだ畳は場所によってベコベコと凹んでいて歩き辛い。もしかしたら床板が腐っているのかもしれない。
入居前に最低限の修繕はしてもらえるのかと確認してみたが、野瀬さんは苦笑いを浮かべているだけだ。
私は部屋に入った瞬間、顔を青ざめさせる。
八畳の広めの居間の窓辺には障子がはまっているが破れて穴だらけで、まだ昼過ぎだったから直射日光が差し込む部屋の隅には、半畳ほどの幅のある背の高い仏壇が鎮座していた。仏壇の横にはおそらく中に祀られているだろう六人分の遺影が並んで飾られている。
「えっと、野瀬さん……?」
「仏壇は処分するのに手間と金がかかるので、そのままらしいです。業者も魂抜きしてないのは引き取ってくれませんからねぇ」
見知らぬ故人達との同居はさすがに無理だと、私は首を横に振った。そうでなくても綾斗が「ここってお化け屋敷?」と怖がって私の脚にしがみついて離れてくれないのだからどうしようもない。
どこにでも売っていそうな長方形の茶封筒にボールペンで書かれた達筆な宛名。切手はないから直接ポストへ入れられたのだろう。それを丁寧に開封した後、私は息子がテレビを見ている隣で絶句する。
『アパート解体工事の決定に伴い、次回以降の更新をお断りさせていただきます』
丁寧に時節の挨拶から綴られた家主からの残酷な通知書。アパートのある地域が都市開発エリアに指定されたことで、住民へ向けて立ち退きをお願いする文章だった。
この辺りには新たに作られる公園を囲むようにして、高層マンションがいくつか建つ予定なのだという。駅から十五分という立地はベッドタウンには丁度いいのだろう。
確かにここ数か月でご近所に更地や空き家が増えているなとは感じていた。でもまさかこんな急に住む場所が無くなるなんて想像もしていなかった。
大家さんはお願いという体を取ってくれているが、賃貸契約の更新をしてもらえないのなら出ていかなければいけない。もちろん、居住権とかもあるし法的な強制力はないけれど、強引に住み続けるなんて真似をするつもりもない。
次の更新は三か月後だったけれど、大家さんは半年の猶予を宣言してくれていて、引っ越しの費用の半分は負担してくれると提案してくれているのだから、どちらかと言えば良心的だ。
ただ、半年もあるなら何とかなるだろうと高を括っていた私は、休憩時間を利用してショップへ相談に訪れ、飯塚さんから呆れ顔をしながら鼻で笑われる。
「まだ小さい子供も一緒でしょう? ワンルームは単身向けで無理だし、でもってファミリータイプの物件になると今のところと同じ金額じゃほとんどないですよ。それに今は引っ越しシーズンじゃないですしねぇ」
「別に築年数は多少経ってても平気なので……」
「あー、古い物件だからって安いとは限りませんよ。リノベして手が入ってたら、家賃は新築とそこまで変わらないですから」
通勤できる範囲で、できれば今の保育園にも通い続けられる方がいいと言うと、飯塚さんは呆れを通り越した同情顔になる。己の立場を考えずに何を贅沢なとでも言いたいのだろう。
私も飯塚さんと一緒に物件情報のファイルを捲って探してみたが、条件の合う物は見つかりそうもなかった。
そう言えば、今の部屋に辿り着く前も社長の伝手を使ってもらったりと、なかなか大変だったという記憶が蘇ってくる。
「……まあ、何か出てきたら見ておきますんで」
「お願いします」
半年の間に条件に合う物件が発掘されることを願うしか、今の私にはできそうもない。頭の中で毎月の支出を思い浮かべながら、あとどのくらいまで家賃が捻出できるかと計算し、深い溜め息を吐きだした。
――今はいいけど、綾斗が学校へ行くようになったら……
今後やりたいと言い出す習い事はさせてあげたいし、周りの子のを見て欲しがる物が出てくるかもしれない。そんな時に片親だからと余計な我慢はさせたくはない。かつて母が私にそうしてくれたように。
自社が取り扱っている以外にも条件が合う物件があるんじゃないかと、暇さえあればスマホで他社の賃貸情報サイトを見て回る日々。時期が悪いというのもあるのか、これといった物とは巡り合えそうもなかった。
そんな中、社長の知り合い経由で古い空き家に建物の管理も兼ねて住んでくれる人を探しているという話が舞い込んでくる。入り組んだ場所にある平屋で、防犯面の不安があったけれど、私は休日を利用して現地見学に向かった。案内してくれた同僚の野瀬さんは飯塚さんと同じように呆れた顔をしていた。
「止めといた方がいいと思うんすけどねぇ。あんまり小さい子連れで住むようなところじゃないっすよ」
「でも、希望の家賃に合う物件がここくらいしか……」
綾斗と手を繋いで訪れた家は昭和に建てられたという木造の建物。周囲には新しく建て替えられたばかりの白いモルタル壁の二階建て家屋だらけの中、とても異質な存在だった。
「なんか変わり者のお爺ちゃんが一人で住んでたらしいっすよ。生前はゴミ屋敷状態だったらしくて、何度も市にクレームが入ってたって」
「ゴミ屋敷……」
「解体するには金かかるし、そのまま放置だと痛んで倒壊する可能性もあるから代わりに住む人を探してるらしいっす。中の荷物はほとんど処分されたって話なんですが――」
そう言いながら鍵を開けて中へ入った野瀬さんは、私達に以前は居間として使われていたらしい和室へと案内してくれる。ゴミ屋敷だった時のままらしく、古く痛んだ畳は場所によってベコベコと凹んでいて歩き辛い。もしかしたら床板が腐っているのかもしれない。
入居前に最低限の修繕はしてもらえるのかと確認してみたが、野瀬さんは苦笑いを浮かべているだけだ。
私は部屋に入った瞬間、顔を青ざめさせる。
八畳の広めの居間の窓辺には障子がはまっているが破れて穴だらけで、まだ昼過ぎだったから直射日光が差し込む部屋の隅には、半畳ほどの幅のある背の高い仏壇が鎮座していた。仏壇の横にはおそらく中に祀られているだろう六人分の遺影が並んで飾られている。
「えっと、野瀬さん……?」
「仏壇は処分するのに手間と金がかかるので、そのままらしいです。業者も魂抜きしてないのは引き取ってくれませんからねぇ」
見知らぬ故人達との同居はさすがに無理だと、私は首を横に振った。そうでなくても綾斗が「ここってお化け屋敷?」と怖がって私の脚にしがみついて離れてくれないのだからどうしようもない。