スィーツしか見てなかったら天才イケメンパティシエに愛された

第八話 桃のムースケーキ

「今日から事務員として働くことになりました、神見(かんみ)灯里と申します。よろしくお願いいたします!」

ソレイユ・ヴェールの事務室に灯里の声が響く。
色々落ち着き、今日が初出勤だ。

「よろしくね、灯里ちゃん」

翡翠の叔母ローズは笑顔で拍手をした後、隣にいるダンディーな壮年の男性を手で示す。

「こっちは料理担当のテッドよ。私の夫」
「そうなんですか!?」
「今は娘に譲ったが、俺たちはずっとレストランをやってたんだよ。俺が料理作ってローズが接客で。そんで事務はそこにいる浜地さんがしててさ」
「紹介に預かりました浜地です。仲間が増えてうれしいわ~何でも聞いてくださいね」

浜地と呼ばれた女性は、眼鏡をかけた優しそうな50歳位の女性だ。

「はい!よろしくお願いします!」

灯里が浜地に挨拶をしていると、ローズの反対側の隣にいるローズそっくりのマダムが微笑む。

「灯里と働けるなんてうれしいわ」
「マリーさん、私もうれしいです!」

マリーはパティスリーの方の接客担当をしているマダムだ。
ローズの双子の片割れなので、翡翠の叔母でもある。
灯里は平日の仕事終わりにパティスリーに来て、スィーツをきらきらした目で眺めた後マリーにおすすめを聞き素直に買っていくので、マリーは灯里のことを気に入っている。

(皆さん優しくて、ここで働けるのが本当にうれしいな。翡翠さん達にはとてもお世話になったから、力になれるよう頑張るぞ!)

灯里は心の中で気合いをいれた。
始業時間になり、翡翠とテッドは厨房、ローズはカフェ、マリーはパティスリーの方に移動した。
灯里は事務員の浜地の隣の席に案内され、仕事が始まった。

*****

「神見さん、経理もできるんですね?」
「はい。小さい会社だったので、覚えざるを得なかったというか……」
「頑張って覚えたんですねぇ、偉いわ~」

浜地にストレートに褒められた灯里は、照れ笑いをしつつはにかむ。

ガチャッ
事務室のドアが開く音がして、浜地と共に振り返る。

「ちょっといいですか」

入って来たのは翡翠だった。

「お二人にも夏の新商品の試作を食べてみてほしいのです」
「ソレイユ・ヴェールの夏の新商品を食べていいんですか!?」
「勿論です。忌憚のない意見をいただきたくーー」

翡翠がテーブルに置いた皿には、薄切りの桃のゼリーが載ったムースケーキ。

「わ~涼しげで良いですねぇ。いただきます!」

一口スプーンで掬って口に運ぶ灯里。

「ムースケーキが口の中で消えた……!味はクリームチーズが利いていて濃厚なのに口当たりは軽く、桃は自然な甘さでさっぱりしているので、暑い時でも食べたくなります」
「ありがとうございます。まさにそういう狙いで作ったので、伝わってうれしいです」

翡翠は心底嬉しそうな微笑みを灯里に向けた。

(待って、翡翠さんの満面の笑み、破壊力すご……!)

顔が赤くなりそうで、灯里は目を逸らしてムースケーキの続きを食べた。

(どうしよう。私、翡翠さんのことを人としてだけじゃなく、恋愛対象としても好きになっちゃってる)

ーー私やお菓子の見た目だけ評価して、『食べたら太る』という理由で全て残す女性客が多数出てきたのですーー

翡翠から聞いた、つらい過去の話が灯里の脳裏によぎる。

(翡翠さんの見た目にときめいてる私も、翡翠さんのことを見た目だけで好いてた人たちと同じだ……)

灯里は翡翠を傷つけないために、翡翠との関わりをできる限り避けようと心に決めた。



続く
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