贄と呼ばれた少女の、幸せ


 ある日、庭の端までたどり着いた少女は、見かけない格好をした男に初めて咎められた。

「逃げるつもりか」

「『にげる』って、なに?」

 少女は知らないことを問われ、誰かに話しかけられたことに驚いたはずみで問い返す。

「ここから出て、どこかへ行こうとでもしているのか、と聞いているんだ!」

「ニエは買われてここにいるように言われたから、どこにも行かないよ」

 少女は本当にそう思っていたし、この屋敷以外にどこか行くところも思いつかなかったので、そうこたえた。

「なら屋敷の中で大人しくしていろ! 次にこんな外側で見かけたら容赦しないからな」

 男は凄んで少女を追い返す。その様子は、ひどく暴力を連想させた。少女は今まで屋敷のどこに赴いても咎められなかったが、敷地の外に近づくことは許されていなかった。少女は初めてそうと知り、これは許されないのだと覚えることにした。

 それでも、なぜか『逃げる』という言葉は強く強く印象に残った。
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