贄と呼ばれた少女の、幸せ
「もうずっと限界だったのよ」
メイド長は歩きながら、ぽつりと言葉を落とす。
「誰にも心を許さないと決めていたわ。この屋敷がおかしいことくらい、ずっとわかってた」
少女に聞かせるための言葉ではない。ただ胸の内を絞り出すようにもらされた、悲痛な独り言。
「……アニーはかわいかったわ」
メイド長の声が、少し温かさを帯びた。
「素直で、人懐っこくて、慕われると無下にできなかった……」
それは、追い詰められ疲れ切った女が抱いてしまった情だった。メイド長の声が、諦めを含んで重く沈む。
「気付いたら心を許していたわ。もう、限界だったのよ。人がいなくなるのを見なかったことにするのも、それにひとりで耐えることにも」
メイド長の言葉は、ぽつりぽつりと長い廊下に落とされ続けた。
「薄々わかっていたわ。どの場所が怪しいのかくらい、見当がついてた」
いつしかふたりは地下へと続く階段の前に立っていた。メイド長の足は、そのまま階段へと進んでいく。
「貴族の屋敷の地下室なんて、どこも後ろ暗いものなのかしらね。でも近寄るつもりなんてなかったわ。知るつもりもなかった」
かつんかつんと冷たい音を反響させながら、メイド長が階段を下りる。少女もメイド長が話すのを聞きながら、黙って後ろをついて歩いた。