贄と呼ばれた少女の、幸せ
少女は、目の前で起こったことが理解できなかった。喉がひりつき、ひゅうひゅうと声にならない音が漏れる。腹の底が冷え、不快な汗がどっと吹き出した。
「あれは、『冥界の門』なんだ」
男は場違いに穏やかで、まるで愛しいものを見るかのような視線をおぞましい門に向ける。
「生命を対価に死者を蘇らせる奇跡の術だ。──あの扉の向こう側でね、私の父と母と妹が待っているんだよ」
男は、とうの昔に正気を失くしていた。
「父は立派な領主だった。母は優しく美しかった。キャシーはかわいくてね、まだたったの五歳だった。……皆、事故で突然失われた」
男の声には深い哀惜の想いが込められていた。
「これでもね、皆が残したものを必死に守ろうとした時期もあったんだよ。愚か者がすべてを壊して徒労に終わったがね」
自嘲するように男は言葉を落とし、ついと扉を指さす。
「あの扉がわかるかい? あれは叔父の肋骨でできているんだ。爵位を乗っ取ろうとした愚か者だ。ああ、大丈夫、ひとりではないよ。あれの妻も、息子も、娘も、みんな一緒だ。領地はないが、欲しがった領民もたくさんつけてやった」
それは、欲のために年若い少年の信頼を裏切った者の成れ果て。男の心はまだ柔かった頃に千々に引き裂かれ、どうしようもないほどに壊れてしまっていた。