贄と呼ばれた少女の、幸せ

「……俺さ、すごい辺鄙(へんぴ)なところに住んでるんだ。俺と相棒だけで、他に誰もいなくてさ」

 ヒースクリフはしばらく黙った後、いきなり自分の話をし始めた。

「相棒、ネビュラっていうんだけど、ずっと家に一緒にいるわけでもないし、家に帰ったときとか、ちょっとさみしいんだよね。暗い部屋に明かりつけてさ。あー、誰かお帰りって出迎えてくれたらなー、とか」

 ヒースクリフは、少女を自分のところへ迎え入れようと思っていた。こんなにがんばって傷ついた子が、このさき生きていける場所がないなんてうそだろ、と思った。

「家事とかも苦手でさ……なんか、ずっとほこりっぽいし、たまに物壊しちゃうし。……君は、そういうのできる?」

 別に少女が何ひとつできなくても構わなかった。でも、何かできると自信に繋がることを思い出してくれたらと思い、ヒースクリフは少女にそう尋ねる。

「…………そうじ、と洗濯は、できます」

 少女は問いにこたえることに意識が向き、しばらく考えた後細くささやく。

「すごい」

 ヒースクリフは少女と目を合わせてうれしそうに笑った。

「あのさ、そういうのやってくれたら俺すごいうれしいんだけど、できたら、うちに来てくれないかな」

 そう言って、ヒースクリフは少女に手を差し出した。

(手だ…………)

 それは、少女が恐慌を起こしたのと同じ『人の手』だ。でも少女は、ヒースクリフの手は優しくて、力強くて、温かい、自分が伸ばした手を初めて握り返してくれた手だと知っていた。

 世界でただひとつ、その手だけは怖くなかった。

 少女はしゃくり上げながら、差し出された手に手を伸ばした。

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