贄と呼ばれた少女の、幸せ
「汚いな」
開口一番に男が少女に向かってそう言い放つ。『汚い』はアンタとオマエがいつも少女に向ける言葉で、殴られたり水をかけられたりする、よくないことだと少女は認識している。できるだけ体を縮こめて次に来るどれかに備えようとしたが、少女にとって意外なことに男はただ言葉を続けた。
「君は『贄』だ」
『ニエ』は初めて聞く言葉だった。ただ、なんとなく自分のことについて話しているのだろうと思い、少女は男をじっと見つめて次の言葉を待つ。
「私は君を金で買った。私が贄を必要とするときまで、何もせず大人しく生きていろ」
幸い『カネ』と『買う』は知っていることだった。アンタがたまに『カネ』で甘いお菓子を買ってきたからだ。そして優しいだろうと言って笑った。
あんな素敵なものを買うことができる『カネ』はとてもすごいもので、自分はそんなすごいものと交換されたのだ、と少女はおぼろげに理解する。だからあの家から出されたし、もう『オイ』ではないのだ。たぶん、新しい名前は『ニエ』なのだろう。少女は現状をそう受け止めた。
男はもうそれ以上口を開かなかった。少女は男に何かを問いかけるための言葉を知らなかったし、無駄に口を開くと殴られるものだ、と今までの経験上そう覚えている。だから、できるだけ小さくなって、物音をたてないようにじっと座っていることにした。
馬車は沈黙を乗せて、いずこかへと走り続けた。