気の赴くままに

第3話 今の僕

40代後半になった僕は、19歳のころの僕から見たら、全く、違った人生を歩んだと言っても過言ではない。

 まして、趣味と言いながら、こんなプラットフォームで、文章を書いて、まがりなりにも、一人の読者さんが読んでくれると思って、まさか、エッセイを書くなんて思ていなかったし、まして、YouTubeで、歌を披露するとも思っていなかった。

 あまり、学歴を言っては、いかんが、僕だって、国立大学を卒業している。

 ところが、大学生になって、思い通りに行かず、到頭、まともな就職もできず、それでも、生きている。19歳の予備校で真面目に授業を聴いていた僕は、「ああ、オレ、公務員になる」とか思っていたのが、今では、公園のステージで、歌っているなんて、その30年近く前の僕は、想像していなかった。

 だけど、今なら、「ああ、10代の僕って、少しは、勉強ができたけど、経験がなかった」とちょっと反省はしている。

 いや、これは、本当は、両親の責任だってあると思う。

 例えば、僕の両親は、知識を教えるのは、上手かった。

 例えば、アメリカ合衆国の首都は、ワシントン。

 フランスの首都は、パリ。

 イギリスの首都は、ロンドン。

 多少は、勉強ができた学校を出た親だから、そこは、できたが、ちょっと、生き方を教えるのは、下手だったと思う。生きる知恵は、少し教えるのが、なかったかもしれない。

 10代の僕は、良い学校へ行って、良い会社へ行くことしか頭になかったが、今、思えば、知識はあっても、中身はなかったと思う。表現は悪いが、「頭はスカスカだった」かもしれない。両親の期待に応えようとして、大学に入って挫折をしたのだと言える。

 これでは、友人はおろか、ガールフレンドだって、できなかったと言えるし、クルマの運転だって不自由するなぁと思っている。

 だが、40代後半になって、僕は、それでも、生きているが、ただ、一個だけ、両親について言えば、「ああ、早まった結婚したから、子供は、苦労した」とも思っている。

 …

 確かに、両親の早まった結婚が、良くなかった。それは、僕の個人的な話だが、祖父母は、みんな、あまり良い結婚ではないと、反対をしていた。どこの素性か分からないのとするなとも言われたらしい。2026年なら、下手したら、「それは、言ってはいけない言葉」にもなる。

 いや、結婚の厳しさを知ったのは、結婚してからだったと言えるが、それは、僕の両親の喧嘩は、面前だったから、怖かった。それは、2026年なら問題視されていたと思う。今なら、児童福祉の観点ですぐに来ていたと思う。

 それで、こんな僕が、思ったことがある。

 今のℤ世代にあたり若者が聴いたら怒るが、「男は、何もなくても、良いのだ。お金なんてなくても、元気で飛び回るのが良いのだ」と思うようになった。「女の人は、できたら物やら金があったほうがいい」も、持論としてある。これは、収入の多寡を言っているのではない。女性は、プリンスのほうが良いが、持論。

 だが、そんな持論を、エックスやネットで叫んでも、地球には、ごまんと人がいるから、現実は、そんなにうまくいかないだろうけど。
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