気がつかないで
職員室を出てからも、進み続ける朱雀くんに俺は声をかける。

「ね、ねえ。どこまで行くの?」

「ん〜?秘密」

一瞬振り返って笑う姿に、思わずドキッとする。
朱雀くんはどんどん奥へと進んでいく。
人気のないこの場所は、たしか旧校舎だ。
霜降くんと会った校舎。

「んじゃ、ここ入ってー」

連れてこられたのは2階の奥の部屋。
霜降くんに会ったのはこの部屋じゃないけど、なんだか雰囲気は似てる。
俺は朱雀くんに優しく背中を押され、部屋の中に入れられてしまった。
それから、後ろでカチャッという音がなった。
鍵を閉められた。
俺はすぐに振り返った。
——あいつらに襲われた日を、思い出してしまったから。

「あ、ごめんごめん。そんな怖がんないよ」

固まる俺に気がついてか、そんなふうに言ってヘラッと笑った。
それでも、警戒がとけることはない。
そんな俺には構わず、朱雀くんはイスをふたつ用意して座った。
それから、前に置いたイスに座るよう促した。
俺はまだ警戒しながらも、イスに座った。

「実はとあさんにお願いしたいことあってさ」

少しだけ間を置いて、朱雀くんは思いがけないことを言った。

「凛から離れてくれない?」

さっきのように表情に優しさはない。
ただ、真っ直ぐに真剣な顔で俺を見つめている。
でも霜降くんから離れるって…どういうこと?
喉の奥でなにかがつっかえて声を出せない俺に、朱雀くんは言葉を続けた。

「ちょっと調べたんだけどさ、とあさんってオメガなんでしょ?凛はとあさんのこと気に入ってるみたいだからさ、傷つく前に離れてほしい。今ならまだ戻れる」

「どう…いうこと?」

そう聞いても、朱雀くんはなにも言ってくれない。
そんな張り詰めた空気は、扉が勢いよく開けられたことによって破られた。
すぐにそっちの方を見ると、不機嫌そうに霜降くんが立っていた。
それから朱雀くんの前まで来て、いつもよりワントーン低い声で言った。

「那月、余計なことしなくていいから」

「…でもさ、凛はオメガが嫌いでしょ?だから、別にいいじゃん。凛から離れたら、嬉しいでしょ?そしたら俺がとあさんのこと、もらうからさ」

すると、霜降くんは朱雀くんを無理やり立たせて言い放った。

「那月、頭冷やせ。たしかに俺はオメガが嫌いだ。でも、だからといってモノ扱いは許せない」

朱雀くんは肩をすくめて、「ごめんね」と俺に言った後出ていった。
自分の頭では、なにが起こったかよくわからない。
どうして朱雀くんがあんなふうな態度を取ったのか。
霜降くんならなにかわかるかな?
俺が聞く前に、霜降くんが口を開いた。

「あいつは俺のことを1番理解してるんだ。だから、別に悪いやつじゃない。許してやってほしい」

ふっと笑った霜降くんの表情は、今までで1番穏やかだった。
朱雀くんが好きなんだなぁって思った。
そして、俺が疑問に思っていたことを口にした。

「朱雀くんは“今ならまだ戻れる”って言ってたけどさ、それって…」

霜降くんはピクッと肩を振るわせて固まった。
それから、ため息をついて俺の方を見た。

「オメガは嫌いだけど、とあさんは大丈夫なんだ。だから、那月は近づきすぎって言ってるんだと思う」

その言葉に息が詰まった。
俺は大丈夫って、近づきすぎってどういう意味なの?

「あんたになら話してもいっか」

小さい声でそう呟いて、間をあけてから言った。

「俺、人のこと忘れちゃう病気なんだよね」

その言葉に、心臓が跳ねた。
1万人に1人が発症すると言われてる、謎の記憶喪失。
だんだんと知っている人のことを忘れ、忘れた人のことを覚えることは一生できない。
そうして孤独になって自殺する人が多くいる。
そんな奇病を、この少年が持っているなら残酷な話だと思った。
< 11 / 12 >

この作品をシェア

pagetop