ゆめもうで

第四章 石膏の朝、そして二つの軌道

窓の外が白み始めるのと同時に、私は目を覚ました。遮光カーテンの隙間から滑り込んできた冬の光は、石膏のような冷ややかな色をしていて、部屋の隅々を無機質に照らし出している。

朝が来た。その事実は、私に二つの相反する感情を同時にもたらした。一つは、決定的な絶望だ。光が差すということは、この「夢」の時間が終わりに向かい始めたことを意味する。数時間後には身なりを整え、チェックアウトを済ませ、私たちは再びそれぞれの場所へと続く列車に乗らなければならない。そのタイムリミットが刻一刻と迫っていることに、私は言いようのない重みを覚えた。
けれど、それと同時に、奇妙な安堵もそこにはあった。朝の淡い光は、あらゆる感情を日常の温度へと薄めていく。私たちは、少なくともこの夜を無事に越え、再び形のある朝を迎えられた。その生存確認のような感覚が、私のこわばった心をわずかに解いてくれた。
私はそっとベッドを抜け出し、窓際に立って霧に包まれた街並みを眺めていた。ヴィラの床に敷き詰められたテラコッタのタイルは、一月の冷気を吸い込んで驚くほど冷たい。けれど、その硬質な感触が、意識を現実に繋ぎ止めてくれた。

「起きてたの?」

背後でベッドが軋む音がした。振り返ると、彼はまだ眠気の名残がある声で、けれど私をいつくしむような眼差しで見つめていた。彼はそのまま、長い腕を伸ばして私の手首をそっと掴んだ。抗う間もなく、私は再びシーツの温もりが残るベッドの中へと引き戻された。
彼は私を腕の中に閉じ込め、逃げ場をなくすようにして深く抱き寄せた。首筋に落ちる彼の静かな吐息を感じながら、私はこのまま時間が凝固してしまえばいいと、叶わない願いを心の中で繰り返した。しばらくの間、私たちは何も語らず、ただ互いの存在を確かめ合うように身を寄せ合った。このまま眠ってしまえば、朝など来なかったことにできるのではないか。そんな錯覚さえ抱かせるほど、彼の腕の中は穏やかで、深く、切実だった。

「……レストランには行かないわよね?」

私の囁きに、彼は私の髪をゆっくりと撫でながら答えた。

「ああ。あそこへ行けば、また誰かの視線を気にしながら食事をしなければならない。チェックアウトの時間まで、ここで静かに過ごそう」
そう言うと、彼は私を抱き寄せたまま、再び目を閉じた。
今、私たちに必要だったのは、美しく整えられた豊かな朝食などではなく、ただお互いの存在が溶け合うこの時間そのものだった。
私も彼の胸に顔を埋め、一定のリズムで打つ鼓動に耳を澄ませた。それは、あと数時間で失われてしまう、世界で一番安心できる音だった。

どれくらいの時間が過ぎただろうか。窓の外の光が、青白い色から少しだけ白さを増した頃、彼が静寂を破るようにぽつりと呟いた。

「……コーヒーでも、飲もうか」
それは、終わりの時間を自分たちで選ぶための、静かな合図だった。彼は意を決したように身を起こすと、そのまま部屋に備え付けられた小さなキッチンに立つ。

湯が注がれる、湿り気がかった低い音だけが静寂の中に響く。その音は、まるで私たちの残り時間を一滴ずつ抽出しているかのように、優しく、そして少しだけ残酷に聞こえた。
やがて彼が、湯気の立つ二つのマグカップを運んできた。部屋の空気が、深く香ばしい焙煎の匂いで満たされる。それは冷え切ったヴィラの一室を、一瞬にして親密な温度へと変えた。

「パンの一つもないが」
彼は少し困ったような微笑を浮かべて、カップをテーブルに置いた。
私はそのマグカップを、壊れやすい小動物を扱うように両手で包み込んだ。陶器を通して伝わってくる熱が、手のひらの皮膚から血管へと静かに侵入してくる。

「悪いわね。……ありがとう」

私の言葉に、彼は不思議なものを見るような目つきをした。まるで、私が存在しないはずの言語を話したかのように。

「礼を言うようなことじゃない。ただお湯を注いだだけだ」
「誰かにコーヒーを淹れてもらうなんて、本当に久しぶりなの」

私は立ち昇る湯気の向こう側で、言葉を選んだ。彼が私のために動き、カップの中に静寂を湛えた深い琥珀色の湖を作り出してくれる。そのささやかな反転が、今の私には何よりの贅沢であり、まるで世界が私一人のために、この一瞬を止めてくれたかのように愛おしく思えた。

「そうか」 彼は短くそう呟くと、少し照れくさそうに、けれど安堵したように目尻を下げた。

「君がただそこに座って、僕が淹れたものを待っている。……そういう君を見るのは、僕にとっても悪くない」

彼の言葉は、朝の光のように柔らかく、私の強張っていた心を解いていった。何かをしなくてもいい。役割を果たさなくてもいい。ただそこに存在するだけで、誰かに喜んでもらえる。その事実は、私が長い間忘れていた種類の温かさだった。

この琥珀色の湖から立ち上る香りは、もはや日常の記号ではない。それは、この冬のヴィラの冷たい空気と、彼の指先の温度を永遠に保存するための、新しい定着液(フィクサー)なのだ。
これから先、私はこの香りを嗅ぐたびに、この冬の朝を思い出すだろう。一月の青白い光と、私のためだけに時間を割いてくれた、彼の不器用で優しい横顔を。

アイフォンから流れる心地よい音楽に耳を傾けながらチェックアウトの準備を進める間、私たちはとりとめのない話を続けた。学生時代から趣味の合っていた私たちは、昨夜の深い静寂とは裏腹に、もうすぐ終わりを迎えるこの時間を惜しむように言葉を重ねた。建築、音楽、美術、あるいは部屋を流れる空気の行方。それらは私たちにとって、呼吸をするのと同じくらい自然に共有できる心地よい断片だった。

不思議なほどに、会話の中に私たちの「日常」が入り込むことはなかった。互いのパートナーのことや日々の生活の重みは、あえて避けていたわけではない。ただ、この隔離された聖域においては、それらはもはや存在しないはずの言語のように感じられたのだ。否、そもそも感じてもいないのだ。

「ねえ、私たちはどうしてこんなに似ているのかしら」
「たぶん、同じ周波数で世界を見ているからじゃないかな。おかげで、僕たちは余計な説明を省くことができる」
「そうね。説明がいらないっていうのは、この世界で一番の贅沢だわ」

そんな会話を積み重ねながら、私たちは手際よく荷物をバッグの中へ収めていった。それは、ひと晩の記憶を自分たちの中に仕舞い込み、部屋の中を、誰もいなかった元の空白へと戻していくための作業だった。
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