異世界転移した那須イチカは弱小騎士団に入隊しました
ホールに出た瞬間、空気が一変した。
深い闇が迫ってくる感覚に鳥肌がたち、イチカは戸惑った。
「……早いな、もう気づきやがった」
団長が冷静に呟いた次の瞬間、全員でホールの中央に視線を投げる。
そこには、黒い影だけが浮いていた。周辺の骨が、カラカラと音を立てて人の形と成していく。
「走れッ! 立ち止まるな!」
鋭い号令が飛ぶ。
言葉が終わるより早く、周辺のガイコツたちは錆びた剣を握り締め、一斉に襲いかかってきた。
ルークは茫然としているイチカの手を引いた。出口の方向に向かい走り出した。ただしホールにいる洋館の主・ネクロマンサーより、さらに奥になる。必然的な選択として倒すか、なんとかかわして出口まで辿り着くという2択しかない。
「来るぞ!」
言葉は途中で中断された。錆びた剣を握り締め、団長は斬りかかる。
イチカの真横で影が動き、静かに錆びた剣を持ったガイコツたちが現れた。団長は腰を落とし、剣で受け止める。するりと脇をルークたちが抜ける。
「ごめん、僕はもうほとんど魔力ないから――短刀でかわすぐらいしかできないけど――ッと!」
ルークはイチカを手元に寄せると、短刀で受け流す。イチカの頭上を斧が掠める。まだこれがドラマや映画の撮影のように思えてならず、戸惑ったまま壁に背を預けた。すると頭上に剣が突然現れた。自分を狙っていると気づいたが、イチカはとっさに動けなかった。
「オラァッ! 筋肉不足のガイコツが、俺らの道を塞いでんじゃねよッ!!」
アレンだ。
ドォン! と重い衝撃音が響いた。
彼は自身の身体ごと盾で、迫りくるガイコツの群れに思い切り叩きつけた。数体のガイコツが吹き飛んでいく。
「へっ、これが筋肉の力だ!」
アレンはニカっと笑い、イチカの前に仁王立ちになった。背中の頼もしさがかがやく。イチカの腕の真横を重い剣がかすめていくが、それもアレンが蹴り飛ばした別の骨に当たって軌道が逸れた。
「違うと思うけど、ナイスだよ、アレンッ!」
ルークは続けざま他のガイコツの剣をかわしつつ、イチカを連れゆく。油断すると直面する死にイチカはまだ完全に受け止めきれないままだった。冷静になろうと思えば思うほど混乱して頭がうまく働かなかった。
――死ぬ、ところだった?
「で、どうなんだ! 届きそうか!」
団長に声をかけられ、ハッと我にかえる。
「え、えっと……」
イチカからホールのネクロマンサーまでは距離50メートルもないくらい。少し遠すぎる距離に、首を振った。
「遠い! せめて27mくらい!」
「27……メートルってなに? つまり、どのくらい?」
隣のルークに困惑され、気づいた。
この世界は単位が違うかもしれない。イチカはざっとホールを見通した。ネクロマンサーを狙えそうな距離に女神像がある。
「あそこからなら、いけるかも!」
「よし、目標『女神像』! アレン、強行突破で道をこじ開けろ! ルークはイチカを守りきれ! 俺はネクロマンサーの注意をひきつける!」
団長が即座に指示を飛ばした。
全員で再び女神像に向かって走る。団長の剣より少し大きいアレンの両手剣は、少々力が必要だが、道を開けるにはもってこいだった。アレンが大きく横に薙ぎ、取りこぼした敵を団長が流れるような剣技で葬る。
女神像、イチカはその足元に立つ。ネクロマンサーの黒いマントは風がないのに揺らめき、瞳は吸い込まれそうなほどに暗い。
「本当に、アレを倒すとこのガイコツたちが消えるの?」
「さあね! 僕たちもネクロマンサーと戦うのははじめてだから! そういわれてるのを信じるしかない!」
「はあ!? 出たとこ勝負じゃない!」
ルークが再びイチカを引き寄せる。ブン、と耳元で剣が振り落とされる音がした。この状況で、射れというのは非常に厳しい。あちこちに散らばっていた骨や死体がひとりでに動き出し、ガチャガチャと音を立てながら集まり始めた。
「で、でも、ねえ、出口はあそこでしょ? なんとか全員で逃げれない?」
「無理だ……数が多い! 走ってる間にやられる! んで、それを前回やろうとしたらネクロマンサーが出口に現れたんだ! きっと今回も――」
「ちっ、まだまだ湧いてきやがるな! しつこい奴は嫌われるって知らねえのか!? モテねぇぞ!」
アレンはイチカの周りにいたガイコツを再び薙ぐ。ざっと周りを取り囲むように、別のガイコツが湧き出てくる。
「そんな!」
イチカは矢を握った。
基本的に的は動かないものだ。しかし、今回の標的のネクロマンサーは動いている。当たるだろうか、矢が無くなったらどうしようか……余計な事ばかりを考えてしまう。命の危険にさらされて射たことなど一度もない。矢をつがえる指がどうしても震えてしまう。
「雑魚に構うな! イチカ、お前はネクロマンサーだけを見ろ!」
鋭い声が届く。彼はイチカたちのさらに後方にたち、物を投げてネクロマンサーの注意をひきつけた。団長は囲まれ、円を描くような剣捌きで、迫りくる刃をすべて叩き落としていた。
「周囲の安全は俺たちが確保する」
「あ、で、でも……」
「信じろ! 俺たちは伊達に第五騎士団をやってない!」
団長の言葉に呼応するように、アレンが吠えた。
「おらぁ! こっちだ骨野郎ども! 俺の筋肉の方が喰うところが多いぜ!」
今度はアレンがわざと大声を上げ、盾をバンバンと叩いてヘイトを集める。ガイコツたちが一斉にアレンへと方向を変え、再び薙いだ。
「へっ、心配すんなイチカとやら! こいつらは全員、俺らが食い止めてやる! お前はとっとと親玉をブチ抜いてくれ!」
「だって外れたら……!」
「心配するな!」
今度はルークがイチカの手を持った。あたたかな感触が流れてくる。
「外れても構わない。うちのメンバーは全員、君を恨んだりしない!」
ルークは泣きそうな声で、心から申し訳なさそうにいった。
「ごめん、ほんと……この世界に、面倒ごとに引き込んで、ごめん」
泣きたくなった。イチカはこらえると震える指で矢をつがえた。その瞬間、ルークが「あっ」と顔を青ざめさせた。
「待って! それじゃダメだ!」
「なによ、今さら!」
「物理攻撃じゃ霊体は殺せない! これを!」
ルークは懐から小瓶を取り出すと、イチカが構えた矢の先端にかけた。
わずかに手に伝う水に、イチカは動揺する。
「冷たっ、なに!?」
「聖水だ! 普通の矢じゃ効かない!」
部屋の隅から隅まで埋め尽くす勢いであふれてくる。
「これが最後の一本だったんだ……」
「おいおい一気に崩れるぞ! アレン、押し返せ!」
「くっ、数が多すぎる……! 気張るか! 全く人使いが荒いぜ!!」
アレンが血を吐くような気合いと共に、崩れかけた防衛線を身体一つで支える。
もう一度両手剣で周りを威嚇した。息が上がり、膝をついたがよろめきながら立ち上がる。イチカは再び、ネクロマンサーを睨みつけた。
「ええ、恨むわ、ルーク! 私はあの時、優勝を狙ってたのよ!」
イチカは息を吐いた。
恨む、私はあいつに、永遠のライバルに勝つはずだったのに!
怒りが原動力となる。あの時、矢を放って、絶対に勝ったと――!
集中し、視界に入るのはネクロマンサーだけ。すべての音はシャットダウンし、ネクロマンサーを見捉えた。戦いは自分の中でだ、これからも。永遠にずっと自分の中でだけ行われる。
ギリ、と弓の音だけがイチカの耳に届く。心地よい音。慣れ親しんだ弓の音。どこにいても変わらない自分の世界。指を離す。広間を矢は稲妻のごとく戦場を駆け抜けた。
トン、と聴こえた気がした。ネクロマンサーの頭にはイチカの弓が刺さっている。一瞬だけ震えた後、イチカの方を向いた。ネクロマンサーの周囲に暗い力が渦巻き始めた。その隙に、ルークはイチカの肩を掴んで、彼女を支えた。
「――終わった?」
ガイコツたちははらはらと次々と崩れ落ち静寂が訪れた。ネクロマンサーは無力化され、手にした杖が地面に転がり落ちる。イチカは息を整えながら、肩で息をした。ルークはイチカに向かって微笑んだ。
「……ありがとう」
倒れたネクロマンサーの周囲に漂う黒い霧が消え去り、館内に光が差し込んだ。
深い闇が迫ってくる感覚に鳥肌がたち、イチカは戸惑った。
「……早いな、もう気づきやがった」
団長が冷静に呟いた次の瞬間、全員でホールの中央に視線を投げる。
そこには、黒い影だけが浮いていた。周辺の骨が、カラカラと音を立てて人の形と成していく。
「走れッ! 立ち止まるな!」
鋭い号令が飛ぶ。
言葉が終わるより早く、周辺のガイコツたちは錆びた剣を握り締め、一斉に襲いかかってきた。
ルークは茫然としているイチカの手を引いた。出口の方向に向かい走り出した。ただしホールにいる洋館の主・ネクロマンサーより、さらに奥になる。必然的な選択として倒すか、なんとかかわして出口まで辿り着くという2択しかない。
「来るぞ!」
言葉は途中で中断された。錆びた剣を握り締め、団長は斬りかかる。
イチカの真横で影が動き、静かに錆びた剣を持ったガイコツたちが現れた。団長は腰を落とし、剣で受け止める。するりと脇をルークたちが抜ける。
「ごめん、僕はもうほとんど魔力ないから――短刀でかわすぐらいしかできないけど――ッと!」
ルークはイチカを手元に寄せると、短刀で受け流す。イチカの頭上を斧が掠める。まだこれがドラマや映画の撮影のように思えてならず、戸惑ったまま壁に背を預けた。すると頭上に剣が突然現れた。自分を狙っていると気づいたが、イチカはとっさに動けなかった。
「オラァッ! 筋肉不足のガイコツが、俺らの道を塞いでんじゃねよッ!!」
アレンだ。
ドォン! と重い衝撃音が響いた。
彼は自身の身体ごと盾で、迫りくるガイコツの群れに思い切り叩きつけた。数体のガイコツが吹き飛んでいく。
「へっ、これが筋肉の力だ!」
アレンはニカっと笑い、イチカの前に仁王立ちになった。背中の頼もしさがかがやく。イチカの腕の真横を重い剣がかすめていくが、それもアレンが蹴り飛ばした別の骨に当たって軌道が逸れた。
「違うと思うけど、ナイスだよ、アレンッ!」
ルークは続けざま他のガイコツの剣をかわしつつ、イチカを連れゆく。油断すると直面する死にイチカはまだ完全に受け止めきれないままだった。冷静になろうと思えば思うほど混乱して頭がうまく働かなかった。
――死ぬ、ところだった?
「で、どうなんだ! 届きそうか!」
団長に声をかけられ、ハッと我にかえる。
「え、えっと……」
イチカからホールのネクロマンサーまでは距離50メートルもないくらい。少し遠すぎる距離に、首を振った。
「遠い! せめて27mくらい!」
「27……メートルってなに? つまり、どのくらい?」
隣のルークに困惑され、気づいた。
この世界は単位が違うかもしれない。イチカはざっとホールを見通した。ネクロマンサーを狙えそうな距離に女神像がある。
「あそこからなら、いけるかも!」
「よし、目標『女神像』! アレン、強行突破で道をこじ開けろ! ルークはイチカを守りきれ! 俺はネクロマンサーの注意をひきつける!」
団長が即座に指示を飛ばした。
全員で再び女神像に向かって走る。団長の剣より少し大きいアレンの両手剣は、少々力が必要だが、道を開けるにはもってこいだった。アレンが大きく横に薙ぎ、取りこぼした敵を団長が流れるような剣技で葬る。
女神像、イチカはその足元に立つ。ネクロマンサーの黒いマントは風がないのに揺らめき、瞳は吸い込まれそうなほどに暗い。
「本当に、アレを倒すとこのガイコツたちが消えるの?」
「さあね! 僕たちもネクロマンサーと戦うのははじめてだから! そういわれてるのを信じるしかない!」
「はあ!? 出たとこ勝負じゃない!」
ルークが再びイチカを引き寄せる。ブン、と耳元で剣が振り落とされる音がした。この状況で、射れというのは非常に厳しい。あちこちに散らばっていた骨や死体がひとりでに動き出し、ガチャガチャと音を立てながら集まり始めた。
「で、でも、ねえ、出口はあそこでしょ? なんとか全員で逃げれない?」
「無理だ……数が多い! 走ってる間にやられる! んで、それを前回やろうとしたらネクロマンサーが出口に現れたんだ! きっと今回も――」
「ちっ、まだまだ湧いてきやがるな! しつこい奴は嫌われるって知らねえのか!? モテねぇぞ!」
アレンはイチカの周りにいたガイコツを再び薙ぐ。ざっと周りを取り囲むように、別のガイコツが湧き出てくる。
「そんな!」
イチカは矢を握った。
基本的に的は動かないものだ。しかし、今回の標的のネクロマンサーは動いている。当たるだろうか、矢が無くなったらどうしようか……余計な事ばかりを考えてしまう。命の危険にさらされて射たことなど一度もない。矢をつがえる指がどうしても震えてしまう。
「雑魚に構うな! イチカ、お前はネクロマンサーだけを見ろ!」
鋭い声が届く。彼はイチカたちのさらに後方にたち、物を投げてネクロマンサーの注意をひきつけた。団長は囲まれ、円を描くような剣捌きで、迫りくる刃をすべて叩き落としていた。
「周囲の安全は俺たちが確保する」
「あ、で、でも……」
「信じろ! 俺たちは伊達に第五騎士団をやってない!」
団長の言葉に呼応するように、アレンが吠えた。
「おらぁ! こっちだ骨野郎ども! 俺の筋肉の方が喰うところが多いぜ!」
今度はアレンがわざと大声を上げ、盾をバンバンと叩いてヘイトを集める。ガイコツたちが一斉にアレンへと方向を変え、再び薙いだ。
「へっ、心配すんなイチカとやら! こいつらは全員、俺らが食い止めてやる! お前はとっとと親玉をブチ抜いてくれ!」
「だって外れたら……!」
「心配するな!」
今度はルークがイチカの手を持った。あたたかな感触が流れてくる。
「外れても構わない。うちのメンバーは全員、君を恨んだりしない!」
ルークは泣きそうな声で、心から申し訳なさそうにいった。
「ごめん、ほんと……この世界に、面倒ごとに引き込んで、ごめん」
泣きたくなった。イチカはこらえると震える指で矢をつがえた。その瞬間、ルークが「あっ」と顔を青ざめさせた。
「待って! それじゃダメだ!」
「なによ、今さら!」
「物理攻撃じゃ霊体は殺せない! これを!」
ルークは懐から小瓶を取り出すと、イチカが構えた矢の先端にかけた。
わずかに手に伝う水に、イチカは動揺する。
「冷たっ、なに!?」
「聖水だ! 普通の矢じゃ効かない!」
部屋の隅から隅まで埋め尽くす勢いであふれてくる。
「これが最後の一本だったんだ……」
「おいおい一気に崩れるぞ! アレン、押し返せ!」
「くっ、数が多すぎる……! 気張るか! 全く人使いが荒いぜ!!」
アレンが血を吐くような気合いと共に、崩れかけた防衛線を身体一つで支える。
もう一度両手剣で周りを威嚇した。息が上がり、膝をついたがよろめきながら立ち上がる。イチカは再び、ネクロマンサーを睨みつけた。
「ええ、恨むわ、ルーク! 私はあの時、優勝を狙ってたのよ!」
イチカは息を吐いた。
恨む、私はあいつに、永遠のライバルに勝つはずだったのに!
怒りが原動力となる。あの時、矢を放って、絶対に勝ったと――!
集中し、視界に入るのはネクロマンサーだけ。すべての音はシャットダウンし、ネクロマンサーを見捉えた。戦いは自分の中でだ、これからも。永遠にずっと自分の中でだけ行われる。
ギリ、と弓の音だけがイチカの耳に届く。心地よい音。慣れ親しんだ弓の音。どこにいても変わらない自分の世界。指を離す。広間を矢は稲妻のごとく戦場を駆け抜けた。
トン、と聴こえた気がした。ネクロマンサーの頭にはイチカの弓が刺さっている。一瞬だけ震えた後、イチカの方を向いた。ネクロマンサーの周囲に暗い力が渦巻き始めた。その隙に、ルークはイチカの肩を掴んで、彼女を支えた。
「――終わった?」
ガイコツたちははらはらと次々と崩れ落ち静寂が訪れた。ネクロマンサーは無力化され、手にした杖が地面に転がり落ちる。イチカは息を整えながら、肩で息をした。ルークはイチカに向かって微笑んだ。
「……ありがとう」
倒れたネクロマンサーの周囲に漂う黒い霧が消え去り、館内に光が差し込んだ。
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