盤上の春風~加古川、四人の歩み~

第七章 秋の新章

二学期が始まると、校内は一気に文化祭の空気に包まれた。
「ねえ、将棋同好会として、何か出し物しない?」
放課後、部室の長机に頬杖をつきながら、陽菜が提案した。
私とさくらは顔を見合わせ、理沙が小さく頷く。
「体験コーナーとかどう?」
「初心者向けにする? 駒の動かし方から」
 さくらが床に新聞紙を広げ、その上に大きな画用紙を置く。
 キャップの外れた色ペンが、机の上に転がる。
「“歩は前に一マス”はイラストつきのほうが分かりやすいかも」
 理沙が定規を使って、まっすぐなマス目を薄く引く。
 その横で、私は太い黒ペンで文字を書いた。

──はじめての将棋体験

インクの匂いがふわっと広がる。
「美月、ちょっと字きれいすぎひん?」
「そうかなぁ」

窓の外では、吹奏楽部の音がかすかに響いている。
廊下を走る足音。
遠くから聞こえるクラスの笑い声。

部室の隅には、いつもの将棋盤。
積み重ねた駒箱の木の色が、夕日の光を受けてやわらかく光っていた。

放課後の部室に、色ペンの擦れる音と、四人の笑い声が重なっていく。


やがて文化祭当日。
教室のドアを開けてすぐ、「将棋体験できます」と書いたポスターが目に入る。
最初はひとり、ふたり。
やがて――
「将棋って、難しそうだけど、やってみたいと思ってました」
一年生の女の子が、おそるおそる席に座る。
「大丈夫。私たちも四月に始めたばっかりなんだよ」
私が駒を並べると、陽菜が身を乗り出す。
「まずは歩だけでやってみよか。前に一マスずつ進むんよ」
「それだけですか?」
「それだけ。でも奥が深いねん」
「将棋って、奥が深いんですね」
「でも、ルールは意外とシンプルですよ」
「何より、楽しいんです」
 四人で口々に説明する。

 文化祭の将棋コーナーには、対局盤とは別に、盤をいくつか用意していた。
「これ、普通の将棋ちゃうん?」
 小学生くらいの男の子が首をかしげる。
「これは“はさみ将棋”っていう遊び方やねん」
 陽菜が駒を横一列に並べて見せる。
「どんな風にやるの?」
 男の子は盤を挟んで向かい合った。
「めっちゃ簡単やで! 相手の駒をな、こうやって――ほら、両側からはさんだら取れるんよ」
 駒をぱちん、と挟んで見せる。
「うわっ、取られた!」
「油断しすぎや~!」
 教室に笑い声が広がる。
「将棋って難しいと思われがちやけどな、盤と駒があればいろんな遊び方できるねん」
 陽菜は誇らしげだった。
 横で理沙が微笑む。
「陽菜ちゃん、先生みたい」
「え、やめてや」
 照れ笑いをしながら、陽菜はもう一度駒を並べ直すのだった。
  
 横ではさくらが、駒を高く積み上げている。
「これは“山くずし”っていう遊び。順番に一つずつ抜いていって、音を立てたら次の人に交代。
駒がなくなった時に一番多く持ってた人が勝ち」
「え、将棋ってこんな遊び方もあるん?」
 他の子ども達も興味津々で楽しんでいた。
 本気の対局とは違うけれど、そこには確かな“楽しさ”があった。

    ※

 文化祭の最後、神吉先生が来てくれた。
「大盛況だったね。君たちのおかげで、将棋に興味を持つ子が増えたよ」
「本当ですか?」
「ああ。来年度から、また将棋部として復活できるかもしれない」
 先生の言葉に、私たち四人は顔を見合わせて笑った。
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