月が青く染まる夜に
しばしの沈黙。

言いたいことは分かる。
ラーメンを食べ終わるまで、マスクで“待て”ができるかどうか。

「女性の化粧とか、すみませんが僕にはよく分からないので。出来たてを食べてください」

本心から言ってそうな顔。
もちろん視線はまったく私に向くことはない。


────私には興味、ないんだろうな。

ちくりと心が痛みつつも、見ないふりをして手を合わせる。

「…いただきます」

マスクを外して、スプーンでカレーをすくう。
ふわっと湯気をたてて、熱々のお米とルーが混ざり合っていい具合だった。

口に運ぶと、全身に糖分が行き渡る感覚になった。

マスクを外したくなくて、引き出しのおやつも我慢していたぶん、より美味しさが沁みた。

「はあ…、幸せ……」

スプーンの上で、湯気が一度だけ揺れた。

ポロッと出た感想に、斜め向かいの迅和くんが顔を上げたのが目の端に見える。

しまった!
なんとなく、一緒に食べてるような感覚で言葉を発してしまった!
ハッとしてぶんぶん首を振って見せた。

「ごめん!ひとりごと!おっきめのひとりごと!」


あんなに興味なさそうだったのに、今の彼は、しっかりと私を見ている。
目を逸らしたくなるほどのこの視線は、いつかも体感した。

なにがきっかけでラーメンから私に興味が移るのか、スイッチは謎だが。

慌てふためく私をよそに、迅和くんはふにゃりと笑うのだった。

「誰かと食べるご飯って、美味しいんですよね」

「……うん」

その誰かっていうのは、どういう意味なのよ。
という小さな疑問を無理やり押し込む。

深い意味はないのだろうが、無駄に刺さる。

「僕は一人暮らし長いので、ここくらいなんです、誰かとご飯食べられるの」

食器と食器がぶつかるカチャカチャという音と、会話でざわつく食堂の中で、私と迅和くんが浮かび上がるような気がした。

「美味しさを共有できるのは、たのしいです」

彼の目尻が下がる。あまり笑わない彼の、やさしい特徴。
ぎゅっと、スプーンを握る手を直す。


────この感情を、なんと呼べばいいのか。


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