月が青く染まる夜に
ベルの音が鳴る。

店内は木目と白で統一されていて、甘い焼き菓子の匂いがする。
迅和の黒いコートが、やけに浮いて見える。

店内にいるお客さんは、全員見事に女性だった。

「ほらー。絶対違いますよ」

げんなりしたような声が聞こえたけれど、聞こえないフリをして席に通してもらった。


窓際の空いていた席に座る。
外の風とは別世界みたいに静かだ。
穏やかなオルゴールのBGMが、小さくてやさしい空間に連れてきてくれたみたい。


メニュー本をめくる迅和くんをこそっと見やる。
────このあと、どうするつもりなんだろう。

ブランチを食べて、もう帰る?
川沿いの散歩の約束は果たしてしまったし、もう彼を引き止める口実はない。

帰りたくないな…。


「よし、決めました。紗菜さんは?」

不意に顔を上げてきたので、ハッと我に返る。

「あ、私はキッシュにする」

「僕は謎のガレットという食べ物に挑戦します。……すみませーん。注文お願いしてもいいですか」

そつなく、スマートに注文も済ませてしまった彼の手際の良さが不思議でたまらない。
恋愛遍歴も知らないけれど、知りたくもないので聞くことはしない。


どう切り出すか、なにで引き止めるか思案しているうちに、迅和くんはスマホの画面に視線を落としながら

「午後は空いてますか?」

と尋ねてきた。驚くほど自然に。
一瞬、言葉を探す。

「……散歩、じゃなく?」

「ちょっともう、あまりに風が強すぎるので」

窓の外で、木々が横に派手にゆさゆさ揺れまくっている。

「よかったら、映画でも」

なるほど、スマホで調べているのは映画だったのか。
身を乗り出して、二人で上映中の映画から見たいのを探す。

スマホを見るふりをして、彼の伏せられた短いまつ毛を見つめた。

────好き。

しっかりとした輪郭を描いて、明確に確信する。


迅和くんのことが、好き。




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