2Kの君~終電帰りの限界OL、2Kの扉を開けたら異世界騎士の部屋でした
食欲をそそる匂いに誘われるよう、シェイルは扉の紋様を紙に写し取る手を休めた。
思い出したように空腹を覚える自分に苦笑を漏らす。
振り返ると、暖炉の前に座り込んで作業をしていた凛子が立ち上がるのが見えた。朝食は訓練中に支給される携帯食料に似たような粗末なものだったが、この分だと昼食は期待できそうだった。
「先ず隗より始めよ――人間、やればできるのね」
凛子は、自分の成果に満足したようにテーブルの上を眺めた。
といっても大した物ではない。
スライスチーズを適当にちぎって混ぜたスクランブルエッグに、買い置きしていたものの存在を忘れていたソーセージ。
奇しくも冷凍庫に入れていたのだが、不慮の事故によって解凍されてしまった食パンと、冷凍野菜の代表格であるほうれん草もフライパンで軽く炒めてみた。
調理器具に調味料とお情け程度の食材は残っていたし、ガスがなくとも、なぜか隣室の暖炉の火は消えないままだ。
些か乱暴だけれど薄く油を引いたフライパンを暖炉に突っ込んでみたところ、うまくいった。柄の部分が多少焦げてしまったが、特別問題があるわけでもない。
一人暮らしの凛子は多聞にもれず、自炊を久しくした記憶が無かった。
水はペットボトル一本しかなかった為、先日ネット通販でダース購入した安いワイン――ランブルスコ――である。
アルコール分も通常のものより低く、凛子にとってはジュース代わりだった。
重厚なテーブルに似合ぬ安っぽい食器ではあるが、いくつかの彩りを盛り付け並べると、それなりに見える。
「ほう、なかなかだな」
自分の隣に座ったシェイルに「でしょう」と得意げに胸を逸らし、食パンを手にするとバターを塗った。
「見たことある食べ物ある?」
「ああ、どれも見たことがあるな。これは日頃食べないが」
シェイルはソーセージを口に運びながら答える。
「ふーん、食文化は似ているのかな。それソーセージね。たぶん豚のどこか」
「ベレーの味に近いな。これはザラサィに似ている」
次に示されたほうれん草に凛子は微妙に笑った。
「そう言われると違う味を思い出しちゃう」
いわずもがな、ザーサイである。
「で、解析ってヤツの調子はどうなの?」
「ラストゥーリャの術式の意地の悪さを改めて思い知る良い機会になった」
「らすとーりゃは人の名前?」
「叡智の塔主、天文官、黒き賢者、ラストゥーリャ・ハルス・ウル・シータ」
「長っ。全部名前?」
「叡智の塔主と天文官は同じ意味だな。天文官は役職で、叡智の塔内に執務室がある。黒き賢者は二つ名みたいなものか。ラストゥーリャ・ハルス・ウル・シータが名前になる」
「それにしても長いよ。……シャールだっけ? あんたの世界の人ってみんなそんな感じ?」
「シェイルだ。まぁ、シャールでもいいか。新たに名付けられるというのも、新鮮なものだなリィン」
シェイルは小さく笑いを漏らす。
「高宮凛子」
「ターミリィーン」
「違うよ凛子が名前」
「リィ――リィンで良いではないか。言いやすい」
「なにそれ」
「お前は俺をシャールと名付けた。俺はお前をリィンと名付けた。空間を共有する同志の絆のようじゃないか」
名案だという顔つきでシェイルは凛子の頭を撫でる。
「なんだか良くわかんないからそれでいいよ……」
何が面白いのかシェイルはくつくつと笑いを深くする。
「お前と話していると実に新鮮だ。それも理が違うからなのか」
「さぁ……わたしは凄く疲れるんだけどね」
「ラストゥーリャにはある意味で感謝しないとな」
肩を落とす凛子の横で、シェイルは機嫌よさそうにグラスを掲げ、透明な液体を揺らした後、杯を空にした。
思い出したように空腹を覚える自分に苦笑を漏らす。
振り返ると、暖炉の前に座り込んで作業をしていた凛子が立ち上がるのが見えた。朝食は訓練中に支給される携帯食料に似たような粗末なものだったが、この分だと昼食は期待できそうだった。
「先ず隗より始めよ――人間、やればできるのね」
凛子は、自分の成果に満足したようにテーブルの上を眺めた。
といっても大した物ではない。
スライスチーズを適当にちぎって混ぜたスクランブルエッグに、買い置きしていたものの存在を忘れていたソーセージ。
奇しくも冷凍庫に入れていたのだが、不慮の事故によって解凍されてしまった食パンと、冷凍野菜の代表格であるほうれん草もフライパンで軽く炒めてみた。
調理器具に調味料とお情け程度の食材は残っていたし、ガスがなくとも、なぜか隣室の暖炉の火は消えないままだ。
些か乱暴だけれど薄く油を引いたフライパンを暖炉に突っ込んでみたところ、うまくいった。柄の部分が多少焦げてしまったが、特別問題があるわけでもない。
一人暮らしの凛子は多聞にもれず、自炊を久しくした記憶が無かった。
水はペットボトル一本しかなかった為、先日ネット通販でダース購入した安いワイン――ランブルスコ――である。
アルコール分も通常のものより低く、凛子にとってはジュース代わりだった。
重厚なテーブルに似合ぬ安っぽい食器ではあるが、いくつかの彩りを盛り付け並べると、それなりに見える。
「ほう、なかなかだな」
自分の隣に座ったシェイルに「でしょう」と得意げに胸を逸らし、食パンを手にするとバターを塗った。
「見たことある食べ物ある?」
「ああ、どれも見たことがあるな。これは日頃食べないが」
シェイルはソーセージを口に運びながら答える。
「ふーん、食文化は似ているのかな。それソーセージね。たぶん豚のどこか」
「ベレーの味に近いな。これはザラサィに似ている」
次に示されたほうれん草に凛子は微妙に笑った。
「そう言われると違う味を思い出しちゃう」
いわずもがな、ザーサイである。
「で、解析ってヤツの調子はどうなの?」
「ラストゥーリャの術式の意地の悪さを改めて思い知る良い機会になった」
「らすとーりゃは人の名前?」
「叡智の塔主、天文官、黒き賢者、ラストゥーリャ・ハルス・ウル・シータ」
「長っ。全部名前?」
「叡智の塔主と天文官は同じ意味だな。天文官は役職で、叡智の塔内に執務室がある。黒き賢者は二つ名みたいなものか。ラストゥーリャ・ハルス・ウル・シータが名前になる」
「それにしても長いよ。……シャールだっけ? あんたの世界の人ってみんなそんな感じ?」
「シェイルだ。まぁ、シャールでもいいか。新たに名付けられるというのも、新鮮なものだなリィン」
シェイルは小さく笑いを漏らす。
「高宮凛子」
「ターミリィーン」
「違うよ凛子が名前」
「リィ――リィンで良いではないか。言いやすい」
「なにそれ」
「お前は俺をシャールと名付けた。俺はお前をリィンと名付けた。空間を共有する同志の絆のようじゃないか」
名案だという顔つきでシェイルは凛子の頭を撫でる。
「なんだか良くわかんないからそれでいいよ……」
何が面白いのかシェイルはくつくつと笑いを深くする。
「お前と話していると実に新鮮だ。それも理が違うからなのか」
「さぁ……わたしは凄く疲れるんだけどね」
「ラストゥーリャにはある意味で感謝しないとな」
肩を落とす凛子の横で、シェイルは機嫌よさそうにグラスを掲げ、透明な液体を揺らした後、杯を空にした。