扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
もちろん、凛子も想像はした事がある。雪原に飛ばされた時も、生まれて初めて投獄された時も、ディエルに保護された時も、最悪の事態を想像はした。
しかしそれは、現代日本でも起こりうる犯罪事情のように――そうテレビのニュースで流れるような――自分の身には起こらないだろうと思ったのも事実だ。
生まれた背景や価値観が違う。そうぶった切ってしまえば、話は終わる。
理解ではなく拒絶。なんとなく後ろめたさを感じながらも、勢いで返してしまう。
「そうだねー。すっごく運が良かったんだね私。でもね、ここは帯剣するのも法律で禁止されている国でアゼリアスとは違うの。シャールの常識を押し付けないで」
次第に冷えていくシェイルの視線に、いたたまれなさを感じ顔を逸らす。べこべこになったアルミ缶の表面を指でなぞっていると、吐き出す様に「そうだな」と男が呟いた。
最悪だ。
希有な体験をし、これからの人生がより深みのある物になるであろう予感さえ感じていたのに。
どうしてこの場面で、可愛げの無い物言いしかできないのだろうか。
もう、二度と会わない相手に対して何故。
ぎゅっと胃を鷲掴みにされているような痛みに、顔を顰める。
胸の辺りを右手で掴んだまま、険しい顔をしている凛子の横顔を飽くまで眺め、シェイルは艶やかな黒髪に手を伸ばす。
はじかれた様に見上げる漆黒の瞳は、後悔に揺れているようだった。
少しでもこの別れに寂しさを感じてくれているのか。自惚れた思いかもしれないが、そこには目を瞑り、温もりを抱き寄せる。
「ごめん……思ってない事言ったとは言わないけど、酷い事言った気がする」
「迂遠だな」
「うん……でも普通に生活している分にはたぶん安全だと思うから。一応、そういう所ちゃんとしているつもり、だから」
「もう言いから黙れ」
華奢な顎を掬う。
眉を顰めたままぐっと唇を引き結んでいる表情は甘やかなものではない。
顔を寄せると、腕の中の身体が緊張した様に強ばる。
口付けてしまおうと思ったのだが、そのまま女の肩口に頭を埋め込み、その存在を確かめる様に両腕を背中に回した。
鼓動が近かった。
生きているモノの証だ。
夢でも幻でもなく、まだ、この腕の中に在る。
『いずれにしろ憎まれるなら、僕なら手放さないなあ』
異母弟の言葉に、自嘲するようひそかな笑いを落とす。
手放すも手放さないも、最初からそのような選択肢は用意されていない。
念の入れた制約に、半分は呆れる思いもするのだが、彼女を忘却せずに済む未来を考えると穏やかな気持ちになる。
此度の隔離結界が解除されるのは半刻程度。
腕の力を緩める。
「そろそろ時間だ」
きょとんとした顔でこちらを見返す女にそう告げる。
「え、もう? 二昼夜とかいってなかったっけ」
「さすがに三月も不在できない」
「あ……そ、だよね」