2Kの君~終電帰りの限界OL、2Kの扉を開けたら異世界騎士の部屋でした
 昨日帰宅した際、流石の凛子も反省し、日曜日に掃除でもしようかと思っていたのだが、彼女の日常であった混沌とした室内は、既にあっさりするほど片付いていた。

 床にゴミは落ちていないし、行方不明になっていたHDDレコーダーのリモコンも見つかった。

 ソファの上に脱ぎ散らかされていた服もクローゼットに押し込まれ、後であちらの部屋に運ぼうと思っていた食材や調理器具が一箇所に纏められてある。

 ローテーブルの上に並ぶキャンドルは数を減らしたが、歩くのに困らない程度の控えめな明るさを、この部屋に与えている。

 ベッドに腰掛けて窓外を眺めると、相変わらず薄暗い靄が立ち込めていて、先は見えない。
 幹線道路を走る車のテールランプも。
 駅前に立ったばかりのタワーマンションも。
 蝋燭の火が燃えているということは、この空間に空気は存在しているのだろうか。

 昨晩窓辺でカーテンが揺れていたのを思い出し、凛子はベランダへと出てみた。
 季節感のないひんやりとした空気。
 靄に手を伸ばすと黒霧が指先を隠した。

 一寸先は闇という単語をそのまま表現しているような光景に、しばし放心する。

 ここは自分の世界では無い。そしてシェイルの居た世界でもないと言う。
 ならばここはどこなのだろうか。日常から弾き飛ばされてしまった世界と世界の狭間。

「おい、あんまりそれに触れるな」

 掠れた声と共に指先が握りこまれる。
 背中に暖かな体温を感じて、凛子はなぜか安堵する。
 振り返ると青灰の瞳が心配げに細められていた。

「なんで?」

「得体が知れぬものだから」

 なるほど正論だ。

 例えば毒々しい色を放っている茸。
 奇妙な殻で柔らかな肉を守っている貝類。
 自分の理解の範疇外のものに不用意に触れると碌な結果を残さない。

 シェイルはどこか遠い目をしたまま、凛子の指先を握り締めている。
 妙な居心地の悪さに振り払おうとすると、バランスを崩してシェイルの腕の中に自ら飛び込んでしまった。

 したたかに打った鼻が痛い。
 また例の人の悪そうな笑みを浮かべて笑っているのだろう。
 上下する胸の筋肉にむっとして顔をあげると、大丈夫か? と想像とは違って気遣う瞳に覗き込まれた。
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