扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

 月初めの定例会議前に紹介された一人の女は、異国風の面立ちをした黒目黒髪の若い女だった。年の頃は成人したて位に見える程幼く見えた。二つの色持ちである事から、相当量の魔力値を有しているのかと思えば、そうでもなく、魔力値としては一般以下。前職は中央官庁の官吏で、軍に関する事は門外漢、完全に文官畑の人間。

 秘書官の仕事とは、雑事をこなすだけではない。

 文書作成能力や、収支計算能力、および上官のスケジュール管理や体調面でのケアは当然の事とし、時には訓練の相手もこなすという多岐に渡る業務が待ち構えている。

 任務上、上官の行程にも常に随行する。つまり、軍部での秘書官は、凡庸な人間が担えるような簡単な仕事ではなく、知力、体力共に優れた人間でなければ、全うできない。

 しかし、リィン・カミーヤは、アゼリアス王国軍の基本的な構成さえ知らず、王宮内を休まず歩いただけで息切れはする始末だった。右将軍がどういった意図でこの女を登用したのかは、見当が付かなかった。

 美醜の面では醜いというわけではない、が見惚れるほどの外見的な美しさを要しているわけでもない。右将軍の性格からいって、愛人を個人的に雇用したとはとても考えられないから、そう云った可能性は無いとも断言出来る。ひとつだけ、挙げられるとしたら、あの学術庁天文院長官の元に居たという前歴から、忍耐だけはあるのかもしれないが。

「最後に、厩舎へ。任務では上官への随行の際、騎獣を使用する機会が多いです。ですから騎乗訓練は必須。貴女は見た事はありますか? 昨今は街路市等でも小型の魔獣を稀に見かけるらしいですが」

 いつか来た事がある厩舎の前で立ち止まり、ローワンはどこまでも冷えた視線を凛子に落とす。
 一般庶民ではなかなか見る事の無い、魔力を有する獣達が檻の向こうで体を休めている。俊足種や機動性に優れた種、持久力自慢の種、飛行種はいわゆる小型の竜だ。

「一回だけ有りますよ。牽いてもらってですけど……」

 意外過ぎる答えにローワンは成るべく表情を変えないよう努めた。
 そして次に凛子が「あ、この子」と指差した魔獣に、目を細める。

 魔旋狼。機動性に優れ乗りこなすのが難しい種である。
 騎獣は基本的に野生の魔獣を飼い慣らし騎乗出来るように訓練されたものだ。魔旋狼は性質が荒々しいと同時に繊細すぎて。自分より格下と見做した者は絶対に乗せない。

 今檻の中にいるのは、この厩舎の中でも特に難しい性質をしている個体で、アゼリアス王国軍の中でも片手程の人間しか制御出来ないのだ。それを牽いてもらってとは云え、乗りこなすとは、目の前に居る細い女からは、正直想像が出来なかった。

 注意する間もなく、女の細い指先が、手前に寄って来た魔旋狼の鼻筋を撫でる。じっとその様子を見ていた獣はうっそりと目を閉じ、喉を鳴らしたのだった。
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