扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
半刻後、ウェントワースとローワンが到着し、凛子は二人を資料室へ案内した。扉の向こうには、既にラストゥーリャがいた。漆黒のローブの裾が床に揺れ、地図に貼られた印をじっと見据えている。
「トゥーリャさん」
凛子の声に、ラストゥーリャは振り返った。
「リィン……何だかお久しぶりですね」
その闇色の瞳には、僅かな安堵の色が浮かんでいる。
「これは、芒星の術式。封印を解くための古代魔術です。通常、このような大規模な紋様術式を発動させるには、膨大な魔力と時間、そして高度な知識が必要です」
「ということは、犯人は魔術に詳しい人物なのだろうか?」
ウェントワースの問いにラストゥーリャは、考え込むように額に指先を押しあてた。
「恐らく、とはいえ、名のある術師なら我々も把握しています。少なくとも、学術庁下か聖王庁下の関係者……在野にこのような術式を展開できる人間がもし居るとすれば……例えば隣国から紛れ込んでいたとしたら、把握出来ませんが」
凛子の背を、氷が撫でていくようだった。
「でも……そんな人が、どうして封印を解こうとするんですか?」
「それは、私にも判りません。禁忌というものに焦がれる一定の層はいるのは確かです。ですが我々魔術師は、自制心を持って、魔術と相対しているのが大半です。他国の者なら単純に侵略の一つでしょうか。イズラルは魔術を忌避しているから考えにくいですが」
ラストゥーリャの声が低く続ける。
「ただ、一つ言えるのは——犯人は、相当の覚悟を持っているということです。自分の命さえ顧みず、何かを成し遂げようとしている。恐らく、この規模の術を発動させる為には、術式の基幹に発動者本人が居なければいけませんからね」
執務室の扉が開く音がして、二人は顔を上げた。
「ラストゥーリャ、来ていたか」
「状況は把握しました」
「陣の完成まで、あとどのくらいの猶予が?」
「最後の生贄が捧げられれば、発動可能となる、かなり危うい状況ですね」
「では、時間はあまりないな。――少し足止めをしたい。トゥーリャ。術式の一部を書き換えられるか? 仕かけた者に気が付かれないよう。ほんの少しの綻びで良い。その間、魔物討伐も含め、今月末からゼリアス山岳地帯への大規模な調査隊を派遣する。表向きは討伐だが、真の目的は封印の地の確認だ」
「書き変えるのは可能ですが、閣下が現地へ直接赴くのは危険ですよ」
ラストゥーリャが即座に反論する。
「もし犯人の手の者が先回りして、封印の地で待ち構えていたら——」
ウェントワースも同意するように続けた。
「だからこそだ」
シェイルの声はあくまでも淡々としている。
「最後の生贄を探しているのならば、こちらから囮を用意する」
「囮……ですか」
ウェントワースが眉をひそめる。
「黒の色持ちで、魔力値の高い者となると……だいぶ候補は限られますが」
「心当たりがある」
シェイルの言葉に、ラストゥーリャがぎょっとしたような顔を浮かべたが、苦笑を返された。
「お前には無理だろう。目立ちすぎるしデカい。それに式の書き換えを優先してもらいたい。――下弦通りに店を構えている女だ。リゼットという黒髪に濃紺の瞳をした女——今までも何度か情報提供をしてもらったことがある」
いくつかの単語を繋ぎ合わせた凛子は、眩暈を覚えた。
「あー娼館の……女将、ですか」
確認するように問うウェントワースに、シェイルは地図から目を離さず答えた。
「あいつは魔力値もそこそこある。それに、割と度胸があるからな。こちらの意図を理解した上で、協力してくれるだろう」
「トゥーリャさん」
凛子の声に、ラストゥーリャは振り返った。
「リィン……何だかお久しぶりですね」
その闇色の瞳には、僅かな安堵の色が浮かんでいる。
「これは、芒星の術式。封印を解くための古代魔術です。通常、このような大規模な紋様術式を発動させるには、膨大な魔力と時間、そして高度な知識が必要です」
「ということは、犯人は魔術に詳しい人物なのだろうか?」
ウェントワースの問いにラストゥーリャは、考え込むように額に指先を押しあてた。
「恐らく、とはいえ、名のある術師なら我々も把握しています。少なくとも、学術庁下か聖王庁下の関係者……在野にこのような術式を展開できる人間がもし居るとすれば……例えば隣国から紛れ込んでいたとしたら、把握出来ませんが」
凛子の背を、氷が撫でていくようだった。
「でも……そんな人が、どうして封印を解こうとするんですか?」
「それは、私にも判りません。禁忌というものに焦がれる一定の層はいるのは確かです。ですが我々魔術師は、自制心を持って、魔術と相対しているのが大半です。他国の者なら単純に侵略の一つでしょうか。イズラルは魔術を忌避しているから考えにくいですが」
ラストゥーリャの声が低く続ける。
「ただ、一つ言えるのは——犯人は、相当の覚悟を持っているということです。自分の命さえ顧みず、何かを成し遂げようとしている。恐らく、この規模の術を発動させる為には、術式の基幹に発動者本人が居なければいけませんからね」
執務室の扉が開く音がして、二人は顔を上げた。
「ラストゥーリャ、来ていたか」
「状況は把握しました」
「陣の完成まで、あとどのくらいの猶予が?」
「最後の生贄が捧げられれば、発動可能となる、かなり危うい状況ですね」
「では、時間はあまりないな。――少し足止めをしたい。トゥーリャ。術式の一部を書き換えられるか? 仕かけた者に気が付かれないよう。ほんの少しの綻びで良い。その間、魔物討伐も含め、今月末からゼリアス山岳地帯への大規模な調査隊を派遣する。表向きは討伐だが、真の目的は封印の地の確認だ」
「書き変えるのは可能ですが、閣下が現地へ直接赴くのは危険ですよ」
ラストゥーリャが即座に反論する。
「もし犯人の手の者が先回りして、封印の地で待ち構えていたら——」
ウェントワースも同意するように続けた。
「だからこそだ」
シェイルの声はあくまでも淡々としている。
「最後の生贄を探しているのならば、こちらから囮を用意する」
「囮……ですか」
ウェントワースが眉をひそめる。
「黒の色持ちで、魔力値の高い者となると……だいぶ候補は限られますが」
「心当たりがある」
シェイルの言葉に、ラストゥーリャがぎょっとしたような顔を浮かべたが、苦笑を返された。
「お前には無理だろう。目立ちすぎるしデカい。それに式の書き換えを優先してもらいたい。――下弦通りに店を構えている女だ。リゼットという黒髪に濃紺の瞳をした女——今までも何度か情報提供をしてもらったことがある」
いくつかの単語を繋ぎ合わせた凛子は、眩暈を覚えた。
「あー娼館の……女将、ですか」
確認するように問うウェントワースに、シェイルは地図から目を離さず答えた。
「あいつは魔力値もそこそこある。それに、割と度胸があるからな。こちらの意図を理解した上で、協力してくれるだろう」