扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

 軍本部の詰所で、凛子は騎士たちの名簿を恨みがましそうに睨みつけている。向かいには同僚という立ち位置にあたるローワンが凛子と似たような表情で、難しい顔をしていた。護衛任務に適した人材——戦闘能力はもちろん、娼館という場所柄、目立たず、かつ機転の利く者。

「ローワンさん、娼館にいても大丈夫そうな人って誰か心当たりあります?」

 凛子の言葉に珍しくローワンが自信なさそうに眼鏡の縁に手をかけた。

「いいえ……私は、ああいった所に出入りした事がございませんので。妻一筋です」

「素敵ですね!」

 二人の間で交わされる話題としては、かなり新鮮な内容である。軍の方に任官して以来、日々鬱々とした気持ちが積み重なっている凛子は、思わず現実逃避するように遠い目をした。

「新婚さんですもんねえ」

「――な、誰がそれを」

「カトレアさんです」

「……」

「おや、秘書官同士、仲良くなれたのかな」

 柔らかな声に顔を上げると、ウェントワースが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「ウェントワース様! 違います! 私は職場で馴れ合いなど!」

「そのように朝からわめくのはやめなさい」

 相変わらず優雅な佇まいである。凛子は思わず、縋るように見つめた。

「ウェントワース様、実は」

「護衛の人選? よろしければ、手伝おう」と言いながら、丁寧に椅子を引いて腰を下ろすと、両手を組んで顎を乗せた。

「娼館の護衛となあると、なかなか難しい選択を迫られるねえ。いかにも騎士然とした方では、かえって目立ってしまう」

「そうなんです。でも、それなりに戦闘能力も必要で……」

「その通り」

 ゆっくりと名簿をめくる指先は、繊細さとはかけ離れた、武人のものである事に凛子は気が付いた。将軍の右腕なのだから、それもそうだ。学術庁と軍部とでは、行き交う人間そのものの種類がまるで真反対である。

「それでしたら、この三名などいかがかな。ルーファ、ダリウス、それからエルネスト」

 凛子は示された名前を見つめ、記憶からなんとか当人を探し当てた。

「えーっとルーファさんは、確か王都支部の……」

「彼は王都出身、ここの地理に明るく、庶民の装いも自然に馴染ませることができる。それに——女性への接し方が丁寧でとても良いね。娼館の従業員の方々とも、きっと良好な関係を築ける」

「なるほど……」

 微妙な間に、なんとなく居心地が悪い。

「ダリウスは傭兵の出身で少々言葉遣いは荒っぽいのが、腕は確かだな。酒場での揉め事の仲裁なども手馴れている」

「エルネストさんは?」

「彼はまだ若いが、観察力に優れた青年だね。それに、魔力の気配を感知する能力を持っている。もし犯人が魔術師なら、その存在にいち早く気づけるかもしれない。なお、個人的なお付き合いをするなら、エルネストが適任。と言っておこう」

 ウェントワースの説明は丁寧で分かりやすく、助かったのだが、護衛の人選だけではなく、まるで誰かを紹介してもらうような会話に、内心で汗を掻いた。皆、噂話が好きである。

「ありがとうございます。この三名で進めてみます」

「ええ、それがよろしい。それと——」

 ウェントワースは少し声のトーンを落とす。

「カミ―ヤ殿、昨夜はあまり休めなかったかな?」

 凛子は思わず目を見開いた。

「顔色ですぐわかる。無理はほどほどに」

「……はい」

「閣下は確かに厳しい方だけれど、決して理不尽ではないからね。貴女のことも、きちんと見ておられる、あまり思い詰めないように」

 そこで言葉を区切ったウェントワースは少し戸惑うように続けた。

「閣下とリゼット嬢の関係。あれは純粋に、情報の取引だから」

「私……そんな風に見えましたか?」

「余計なことを言ってしまったな。どうか忘れてくれ」

 柔らかい笑みを浮かべたウェントワースはそう言って、優雅に一礼して去っていった。
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