扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
階段へと向かうその歩き方は、計算され尽くしたように優雅だ。
二階へ上がると、廊下の両脇に扉が並んでいる。そのいくつかの部屋からは、くぐもった笑い声や、囁くような会話が漏れ聞こえてきた。
壁には風景画や、抽象的な絵画が飾られている。それらは妙に艶めかしい雰囲気を醸し出していた。
更に三階へ。ここは二階よりも静かで、廊下の絨毯も一層厚い。個室が少なく、よりプライベートな空間であることが窺えた。
凛子達は個室に案内された。部屋は予想以上に広く、豪華な調度品が並んでいた。
華美ではあるものの、室内を構成している色味は優しい風合いだった。
中央には象牙色の長椅子と、その向かいに深緑のソファが配置されている。小さなテーブルには、銀の燭台と水晶のグラスが置かれていた。壁際の棚には、様々な酒瓶が並び、その奥には鏡がはめ込まれている。鏡は室内をより広く見せ、同時に妖しい雰囲気を演出していた。
「そこ、お掛けになってね」
シェイルが長椅子に腰を下ろすと、リゼットは自然な動作でその隣に座った。
体を寄せ、シェイルの腕に手を添える。手入れされた細い指先が、男の腕を滑る。
「それで? この私を囮にするというお話、詳しく聞かせていただけますか」
凛子は向かいに腰かけ、その光景を見つめていた。
シェイルは、特にリゼットの仕草を避けようとはしていない。
それどころか——その表情は、自分の前で見せるものとは違って、柔らかく見えた。
「話は昨夜した通りだ。お前を狙わせる。現れた者を捉える」
「とっても、危険なお仕事ですわね」
「無論、護衛込みだ。カミ―ヤ、説明を」
不意に、シェイルに顎で示された凛子は、背筋を伸ばした。
「は、はい。護衛は三名。交代で二十四時間、店内と周辺を警護させていただきます。表向きは、常連客として——」
説明しながら、何度もリゼットの指先に、視線を向けてしまう。
リゼットの手は、まだシェイルの腕に添えられたままだ。
凛子の説明を聞きながら、時折シェイルは口を挟み、確認するようにリゼットに視線を向けていた。
その目には、冷徹さとは違うものが浮かんでいる。
「……以上です」
説明を終えた凛子に、リゼットが白い手を打ち鳴らした。
「まあ、完璧ですわ。さすがシェイル様の秘書官のお嬢さん。ね、シェイル様?」
「ああ」
短く答えたシェイルは、リゼットの頭に手を置いた。
まるで、愛しい者を撫でるように。
凛子の胸が、きゅっと締め付けられる。
なんでこんな場所でこのような光景を見せつけられる羽目になったのだ。
シェイルへの思いを自覚した途端の仕打ちとしては、割と酷い。
「無理はするな。危険だと思ったら、すぐに護衛を呼べ」
「あら、ご心配してくださるの?」
「当然だろう」
シェイルの手が、リゼットの髪を優しく梳いていく。
女はうっとりとした表情で目を細める。
「お前は、俺の大切な情報源だからな」
「情報源……それだけ? もっと違う関係だったと思いますけれど」
「今は、仕事だ」
「つれないのね」
リゼットは拗ねたように笑うと、ようやくシェイルから離れた。
「でも、分かりましたわ。お受けします、この仕事」
「報酬は約束通りだ」
「ええ。それと——」
リゼットは凛子を見る。
「秘書官のお嬢さん、貴女もたまには息抜きにいらっしゃいな。うちには良い子が揃っていますわよ。男の子もいるのよ。可愛い顔した、器用な子が」
「い、いえ、結構です。間に合ってます!」
必死に笑顔を作る、両手を大きく振った。
「そう? 残念」