扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

 店を出ると、凛子は大きく息を吐いた。
 濃密な甘い香りが体中に浸み込んで、頭の奥がしびれているような気がする。

「明日、三名に説明をする前に、もう一度配置を見直せ」

 不意に落とされたシェイルの声に、凛子は顔を上げる。

「え? 何か問題が?」

「先ほどの部屋は死角になる。廊下突き当りにある窓からの侵入経路を考慮していない」

 シェイルの指摘は的確だった。

「……はい。修正します」

「それから」

 シェイルは立ち止まり、凛子を見下ろすと、言いかけてた言葉を飲み込んだ。

「いや……以上だ」

「……はい」

「仕事に集中してくれ。俺はお前の能力に関して、それなりに認めている」

 ぽん、と軽く頭を叩かれる。
 凛子は弾かれた様に顔を上げた。

 そこにある表情は、いつも通り無愛想だった。
 けれど、一瞬だけ触れたその手の温もりだけが——妙に優しく感じられた。

 軍官舎に戻ると、凛子は寝台に倒れ込んだ。

 リゼットの姿が、脳裏に焼き付いている。
 あの艶やかな黒髪。濃紺の瞳。計算され尽くした仕草。そして——シェイルの、あの表情。

 枕に顔を埋める。嫉妬している自分が、情けなかった。
 シェイルは、凛子に関するあらゆる記憶を失っている。週末を共にした、言わば共犯者的な特別な関係は、彼の中には存在しない。

 かつて、二日間だけ共に過ごした彼を、確かにあの時も、好ましいとは思っていた。ただ、それが恋と呼べる類のものではないと断言出来る。何故ならば、再会した後も、自分は元の世界へ戻ることを一番に望んでいたからだ。

 それなのに。
 この感情は、今更過ぎる。

 同じ人なのに。
 違う人なのに。

「あー何も考えたくないな。飲みたい……」

 窓の外では、街の灯りが瞬いている。
 あの中の一つが、蒼月亭の灯りなのだろうと思うと、なんとなく居た堪れない気持ちになった。
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