扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 叡智の塔へと続く長い階段を、凛子は慣れた足取りで上がっていく。
 久しぶりに訪れる場所だった。

「リィン!」

 執務室の扉を開けると、エイゼルが飛びだしてきた。

「うわっ、エイゼル」

「酷い、その反応」

 二人で騒いでいると、奥から呆れた声が聞こえてくる。

「廊下で騒がないでください。ここは学術庁ですよ」

「トゥーリャさーん!」

 凛子はラストゥーリャの執務机に駆け寄った。

「あーここの空気とっても清浄って感じでいいですね」

「軍ってやっぱり籠ってるの? 匂い」

 何気ない調子で言ったエイゼルに凛子は苦笑する。

「んー、んー……ここの方が気楽だったなーって」

 凛子は隣の小部屋を覗き込んだ。

「このお部屋でおやつ食べながら、愚痴言ったりしたい」

「でもリィン、適応力高い方だと思う。俺だったら胃痛で半日も持たない気がする」

 エイゼルが励ますように肩を叩いてくる。

「選択肢ないんだもん……」

 凛子はやや諦観を滲ませながらも、笑顔を作り、ラストゥーリャに向き合った。

「それより、封印の地の資料を借りに来たんです。我が上司閣下からの指示で」

「――ああ、それならこちらです。連絡が来ていたので揃えてありますよ」

 凛子の言葉にラストゥーリャは複雑そうな顔をしながら、書架から数冊の資料を取り出す。

「ゼリアス山脈最深部。祈りの道の終着点に位置する封印の地。千年以上前、リアス神が災厄を封じたとされる場所です」

「災厄って、具体的には何なんです?」

「古代竜」

 エイゼルが横から口を出す。

「黒き翼の竜って呼ばれてた巨大な生物。この大陸全土を焼き尽くそうとしたらしいよ」

「え、ファンタジー王道……」

「ふあんたじいとは?」

 首を傾げたラストゥーリャに、凛子は手近にあった端紙に口語通り単語を並べた。

「幻想、空想、寓話、御伽噺といった所ですかね」

 書きつけた紙の切れはしを手渡すと、ラストゥーリャは文字列に視線を落として首肯し、丁寧に折りたたんだ。

「リアス神がその竜を封印し、聖地に祀った。それがアゼリアス聖王国の始まりとされています」

 ラストゥーリャが続ける。

「そして、その封印を維持保全するために建てられたのが大聖堂です」

「じゃあ大聖堂は封印の守りの一部なんですか?」

 凛子は顎に手を当てる。

「でも、その封印を解こうとしている人がいる。大規模な術式陣まで張って」

「ええ。そして、もし封印が解かれれば——」

「古代竜が復活しちゃうんですか?」

「古代竜が、実存していたと仮定して、その生命が現在まで繋がっていれば、その可能性もあります」

「それを止めるために、囮作戦……か」

 ぽつりとエイゼルが呟いたところを見るに、ラストゥーリャの部下である彼もまた、これからの作戦の一端を担っているんだろう。

 ラストゥーリャは、真剣な表情で凛子を見つめた。

「貴女も標的の一人である可能性があります。十分に気をつけてください」

「まあ、私は大丈夫ですよ」

 凛子は演技がかって神妙な顔つきで敬礼をする。

「多分、この国で一番安全な場所にいる筈なので」

「リィン……」

 ラストゥーリャが何か言いかけて、止めた。

「どうしたんですか?」

「いえ……貴女が元気そうで、安心しました」

「もちろんですよ! 私、そこそこタフ――精神的に頑丈なんで」
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