扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
「さあ、立て」
間髪入れず声が飛ばされ、容赦なく立たされる。
「まずは、構え方から教える。足は肩幅に開いて、膝を軽く曲げる」
カトレアが実演する。
「重心は腰に。背筋は伸ばす。そして――」
すっと、しなやかな腕が凛子の首元に伸びる。
「っ!」
凛子は反射的に身を引いた。
「良い反応だ。だが、それだけでは不十分」
再び腕が伸ばされると同時に足元が掬われる。
「うわっ!」
当然、重力に逆らえず凛子は派手に転倒した。
「痛っ……」
「立て。もう一度」
カトレアは、いっそ優雅に手を差し伸べる。
「護身術の基本は、相手の動きを読むことだ。そして、攻撃を避けること。お前には戦闘能力はない。ならば、逃げる技術を磨くしかない」
「逃げる……技術」
「ああ。相手の隙を突いて逃げる。それが、お前の生き残る道だ」
言葉は厳しいが、的確だった。
「もう一度、構えろ」
凛子は立ち上がり、再び構える。
攻撃を避けようと意識して、反対側から転がされる。
立ち上がる。
何度も何度も繰り返す。
「いいぞ。だんだん動きが良くなってきた」
そんな言葉に、思わず笑みがこぼれた。
「本当ですか?」
「ああ。お前は、飲み込みが早い」
「舞踏か何か、習っていたのか?」
「いや特に……あ、学生時代にチアリーディングってやつやってました。もう八年位前だけど」
「なるほど」
判ったような判らないような顔に、凛子は音楽に合わせて色んな動作する感じのやつです、と説明を加えると、納得したように頷かれた。
「今日はここまでだ。昼から出勤なんだろう? 汗を流してこい」
「はい! ありがとうございました!」
「明日も、同じ時間だ。遅れるなよ」
浴室で汗を流しながら、凛子はぼんやりと考えていた。
カトレアの言う通り、体を動かすと余計なことを考えずに済む。そう、訓練中は、シェイルのことも、リゼットのことも、頭から消えていた。
「これは……まあアリかな。若干スポ根だけど」
凛子は髪を洗いながら、小さく笑う。
仕事中はともかく仕事に専念。自主訓練的な感じでランニングでもしてみようか。前を向いて、できることをやるしかない。
着替えを済ませ、軍服に身を包む。
鏡に映る自分は、昨日よりも少しだけ凛々しく見えた。