扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 軍本部の医務室で、凛子は首の傷の手当てを受けていた。

「傷は残りませんよ。閣下が近くに居たのは幸運でしたね」

 医務官が、擦りむいた手足に薬を塗りこみながら言った。

「はい……良かったです」

 手当てされている自分の膝小僧を胡乱に見つめながら、凛子は疲れたように答えた。

 魔術による治癒。

 以前、ラストゥーリャから教示して貰った内容によると、ぱっくりと裂けた筋肉などを短時間で繋ぎなおす治癒は、高度な技術と高い魔力値が必要とのことだった。無論、刀傷などでも、そこまで深くない場合は物理的に縫い直す事が可能で、時間はかかるがいずれは治癒する。

 しかし失われた血を戻すという技は魔術でも存在せず、貧血にも似た感覚に、頭がくらくらしていた。

 医務室の外では、シェイルが壁に背を預けて立っていた。
 腕を組み、難しい顔をしている。

「閣下」

 ウェントワースが近づいてくる。

「行方は?」

「申し訳ありません、星霜通りの路地に入ったところで、姿が消えてしまった」

「転移魔術か」

「おそらく。移動しながら行使していたとのこと。かなりの使い手です」

「だが、顔は見たな? 術師の協力が欲しい」

「叡智の塔主は、陣の書き換えに専念されておりますし、適任者が……少し当たってみましょう」


 医務室の扉が開き、凛子が出てきた。

「お待たせしました」

「歩けるか?」

「はい、大丈夫です」

 凛子は首に巻かれた包帯に触れる。

「ご心配をおかけしました」

「……まあ、想像より動いていたな」

 シェイルはゆっくりとした足取りで歩き出す。

「訓練の成果が出ている。カトレアに礼を言っておけ」

「はい」

 深夜の外宮は静かで、足音だけが響く。

「カミーヤ。今夜のことを、報告書にまとめろ」

「分かりました」

「それから――しばらく、蒼月亭への訪問は中止だ」

「え?」

「犯人に顔を覚えられた。危険すぎる」

 シェイルは足を止めると凛子を視線で捉えた。

「お前の身の安全が最優先だ」

「でも、それでは囮の意味が……」

「別の方法を考える。今回の事ではっきりと判った。狙いはやはり、お前だろう」

 シェイルの声は、有無を言わさぬ強さがあった。

「今は、お前を守ることが先決だ」

「……ありがとうございます」

「礼を言うな。当然のことだ」

< 183 / 218 >

この作品をシェア

pagetop