扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
その日の午後、ラストゥーリャが執務室を訪れた。
「リィンが襲われたと聞きました」
開口一番、ラストゥーリャは凛子を見て眉を下げた。
「大丈夫ですか?」
「はい、トゥーリャさん。ご心配おかけしました」
「貴女は何というか……無事で何よりです。渡していた術具は身に付けていなかったんですか?」
「あ! 出かける前に着替えて忘れてました……」
ちらりと凛子の首元を検分したラストゥーリャはシェイルに視線を流した。
シェイルはその視線をただ受け止め、何も言わない。
「それで、犯人の情報ですが――学術庁内を調査しました。魔法陣に関する専門書を借りていた者のリストです」
「何名居る?」
「十二名。うち、現在も王都にいるのは八名」
ラストゥーリャは顔を曇らせる。
「ただ、聖王庁の記録は閲覧できませんでした」
「何故だ」
「大司祭殿が、許可を出さないのです」
「理由は?」
「聖職者の記録は、神聖なものだから、と」
シェイルは舌打ちをする。
「面倒な男だな」
「ディエル様に直接交渉してみますか?」
ラストゥーリャの提案に、シェイルは首を振った。
「いや……時間はかかるが、確実な方法を」
「では……」
二人のやり取りを聞きながら、考える。
ディエル――大聖堂の大司祭。
シェイルとよく似ている容姿をしている彼の弟ディル。
彼との会話はいつもどこかねじが飛んでいって、思考を有耶無耶にさせていく。彼の持つ答えは常にこちら側には渡されず、言葉遊びばかりが続く。
聖王庁は気軽に訪問できる場所でも無いし、凛子は学術庁を後にしてしまっている為、ディエルの電撃訪問にも遭遇していなかった。
もし、聖王庁に犯人がいるとしたら。
そして、ディエルがそれを隠しているとしたら――。
なんとなく考えて、凛子は説明しようのない感情に、背筋を指先でなぞられたような悪寒を覚えた。
聖域であるはずの場所が、悪意を匿っているとしたら。
あの掴みどころのない笑顔の裏で、ディエルが全てを知った上で盤面を眺めているとしたら。 それは、正体の見えない襲撃者よりも、もっと質の悪い暗闇のように思えたのだ。
「カミ―ヤ」
ふと、名前を呼ばれて我に返る。
視線を上げると、シェイルが怪訝そうにこちらを覗き込んでいた。
「顔色が悪い。傷が痛むのか」
「あ、いえ! 大丈夫です。ただちょっと、大司祭様が相手だと一筋縄ではいかないなって、想像しただけで疲れちゃって」
凛子が努めて明るく振舞うと、シェイルは短く鼻を鳴らした。
「違いない。あの男の相手をするのは、骨が折れるなんてものではないからな」
「本当に……。あ、でも、それならまずはリストにある八名の方から調べることになりますか?」
「ああ。ラストゥーリャ、悪いがその八名の行動確認を頼めるか。特に夜間の出入りに関してだ」
「承知いたしました。学術庁の警備記録と照らし合わせてみます。またエイゼルの兄のマリセルが聖王庁に在職しているので、少しそちら側からも話を聞いてみます」
一礼して、ラストゥーリャは退室していく。
扉が閉まる音と共に、シェイルの執務室には再び静寂が戻った。
シェイルは手元の書類に視線を落としかけ、ふと動きを止める。
そして、先ほどラストゥーリャが指摘した凛子の首元――今は包帯で隠されている傷跡へ、痛ましげな視線を向けた。
「……着替えた時に忘れたと言ったな」
「えっ、あ、術具のことですよね。すみません、気が緩んでて」
「責めているわけではない」
シェイルの手が伸び、凛子の頬に触れるか触れないかの距離で止まった。
その瞳の奥にあるのは深い焦燥の色だった。
「発動したら……閣下の上飛んじゃうんじゃ……あ、でもそしたら襲撃してきた人巻き込めたのかな」
真面目に考え込み始めた凛子に、シェイルは笑いを一つ落とし、頭をぽんとたたいた。