扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇
その夜、凛子は軍官舎の自室で寝台に横になっていた。
傍らには、カトレアお手製のぬいぐるみ――猫と亀のような生物――が並んでいる。
今日一日のことを思い返すと、なんだか色々ありすぎて、直ぐにアルコールが恋しくなってしまう自分が情けない。
軍官舎に居を移してからというものの、毎晩の飲酒から遠ざかっていた。健康面ではよい傾向だが。事件にも巻き込まれ、怪我も追ってしまった。
この世界に来てから、否、シェイルに初めて出会った時も刃物を向けられたのだ。
しかも「服を着ろ」と吐き捨てられた。
初対面の女性に向ける言葉としては、不適切過ぎる。
あの邂逅を思い出し、一人でくすくすと笑ってしまう。
随分、あの日から、遠い所まで来てしまった。
シェイルに抱きとめられた時、まさか自分の心臓があのように高鳴るとは。
あの日の凛子では想像もできないだろう。
暑苦しい邪魔、と悪態をついていたくらいなのだから。
「はあ……」
足をばたばたさせながら、枕に顔を埋める。
このままでいいのだろうか。
この気持ちを、ずっと隠し続けられるのだろうか。
「リィン、起きてるか?」
カトレアの声だ。
扉を開けると、カトレアが深刻な顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「少し、話がある」
カトレアは凛子の部屋に入ると、扉を閉めた。
「実は、今日――妙な噂を聞いた」
「噂?」
「ああ。ミアリエル様からなのだが……聖王庁で、大司祭殿が、今度は黒い鳥を飼いならしている。正直、私はミアリエル様のお言葉の意図が判らない。こうどこか、ふわふわとしていて」
「ミアリエル様……」
カトレアは真剣な表情だ。
「これは、シェイル閣下にも報告すべきだろうか。それとも単なる噂話と解釈した方が良いのだろうか」
「うーん……一応した方がいいと思います。前に、青き鳥を飼いならしてるって噂、王宮の若い姫君たちの間で噂になったって――まあそれの正体はエイゼルだったんですけど」
「エイゼル・アンレイか?」
「はい。単に、密偵――じゃないな、ラストゥーリャさんと大司祭様の伝言係していただけだったらしいけど、聖官じゃないからそこそこ目立ってたみたいで。女の子たちって、そういう話好き……男同士でのあれこれとか」
「なるほど……分かった。明日、報告する」
窓向こうに見える、大聖堂へと続く山道は暗く、沈黙していた。
翌朝、カトレアからの報告を受けたシェイルは、いつも以上に険しい顔をしていた。
「黒い鳥、か」
「はい。確実な情報ではありませんが」
カトレアが答える。
「念のため、調査が必要だが……聖王庁は俺の管轄外だ。勝手に動けば問題になる」
「では……」
「父上に相談してみよう。聖王の名の下でなら、調査できるだろう」
「了解しました」
シェイルは今、何を思い悩んでいるのか。
朧げな不安が、むくりを這い起きてきたような気がして、凛子は声を掛けられないまま、手元の資料を書き写すという単純作業に精を出していた。
その夜、凛子は軍官舎の自室で寝台に横になっていた。
傍らには、カトレアお手製のぬいぐるみ――猫と亀のような生物――が並んでいる。
今日一日のことを思い返すと、なんだか色々ありすぎて、直ぐにアルコールが恋しくなってしまう自分が情けない。
軍官舎に居を移してからというものの、毎晩の飲酒から遠ざかっていた。健康面ではよい傾向だが。事件にも巻き込まれ、怪我も追ってしまった。
この世界に来てから、否、シェイルに初めて出会った時も刃物を向けられたのだ。
しかも「服を着ろ」と吐き捨てられた。
初対面の女性に向ける言葉としては、不適切過ぎる。
あの邂逅を思い出し、一人でくすくすと笑ってしまう。
随分、あの日から、遠い所まで来てしまった。
シェイルに抱きとめられた時、まさか自分の心臓があのように高鳴るとは。
あの日の凛子では想像もできないだろう。
暑苦しい邪魔、と悪態をついていたくらいなのだから。
「はあ……」
足をばたばたさせながら、枕に顔を埋める。
このままでいいのだろうか。
この気持ちを、ずっと隠し続けられるのだろうか。
「リィン、起きてるか?」
カトレアの声だ。
扉を開けると、カトレアが深刻な顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「少し、話がある」
カトレアは凛子の部屋に入ると、扉を閉めた。
「実は、今日――妙な噂を聞いた」
「噂?」
「ああ。ミアリエル様からなのだが……聖王庁で、大司祭殿が、今度は黒い鳥を飼いならしている。正直、私はミアリエル様のお言葉の意図が判らない。こうどこか、ふわふわとしていて」
「ミアリエル様……」
カトレアは真剣な表情だ。
「これは、シェイル閣下にも報告すべきだろうか。それとも単なる噂話と解釈した方が良いのだろうか」
「うーん……一応した方がいいと思います。前に、青き鳥を飼いならしてるって噂、王宮の若い姫君たちの間で噂になったって――まあそれの正体はエイゼルだったんですけど」
「エイゼル・アンレイか?」
「はい。単に、密偵――じゃないな、ラストゥーリャさんと大司祭様の伝言係していただけだったらしいけど、聖官じゃないからそこそこ目立ってたみたいで。女の子たちって、そういう話好き……男同士でのあれこれとか」
「なるほど……分かった。明日、報告する」
窓向こうに見える、大聖堂へと続く山道は暗く、沈黙していた。
翌朝、カトレアからの報告を受けたシェイルは、いつも以上に険しい顔をしていた。
「黒い鳥、か」
「はい。確実な情報ではありませんが」
カトレアが答える。
「念のため、調査が必要だが……聖王庁は俺の管轄外だ。勝手に動けば問題になる」
「では……」
「父上に相談してみよう。聖王の名の下でなら、調査できるだろう」
「了解しました」
シェイルは今、何を思い悩んでいるのか。
朧げな不安が、むくりを這い起きてきたような気がして、凛子は声を掛けられないまま、手元の資料を書き写すという単純作業に精を出していた。