扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 シェイルが奥宮から戻ってきたのは、日が傾き、石畳に長い影が伸びはじめた頃だった。

 執務室の扉が静かに開き、彼が姿を現す。
 その表情には、どこか沈んだ影が落ちていた。沈黙の色は深く、息遣いよりも先に部屋の空気を曇らせる。

「閣下、おかえりなさい」

 凛子が立ち上がる。
 しかし、シェイルは短く首を振った。

「……駄目だった」

「え……」

「聖王の許可を得て、大聖堂内部の調査を行った。しかし──」

 彼は椅子に身を投げるように腰を下ろし、指先で額を押さえた。
 疲労というより、虚無に近い響きだった。

「何も無かった」

 室内の空気が微かに揺れた。

「……何も、ですか?」

「密会の痕跡も、怪しい文書も。聖具庫の記録も、全て潔白だ。ディエルとも直接話したが、やけに協力的でな。名簿も行動記録も開示すると言った。短時間ですべて精査はできんが……怪しい点が、一つも無い」

 苛立ちというより、手がかりの欠片すら掴めない虚しさが滲んでいた。

 あまりの潔白さゆえに、逆に不自然。
 それでも、痕跡は一つもないという現実だけが残る。

 凛子は息を潜めるしかなかった。


 その日の夕刻。
 急遽招集された会議の席に、張りつめた空気が満ちていく。

 シェイル、ウェントワース、ローワン、ラストゥーリャ──四名が卓を囲み、凛子は壁際で記録の準備をしていた。

「状況を整理する」

 シェイルが淡々と言い、地図に指を滑らせた。

「術式陣は七芒星。現時点で六つの地点に贄が捧げられている」

 地図上にばつ印が六つ、無機質に重ねられていく。

「残るは……一つだ」

 ラストゥーリャがシェイルの言葉を捕捉するように続けた。

「術式書き換えの進捗ですが、三か所の書き換えに成功しました。しかし本日四か所目に取りかかったところ、最初に書き換えた地点が再度、上書きされています」

「どういうことだ?」

 ウェントワースが眉をひそめる。

「敵とのいたちごっこ、ですね」

 ローワンが肩を竦め、乾いた笑みを落とした。

「書き換えても書き換えても、別の誰かが元に戻す」

「このままでは、討伐隊が出ても──」

「討伐隊は予定通り出発する」

 シェイルが静かに遮った。

「──ですが」

「敵は、我々が王都を離れるのを待っている。大規模な部隊が動けば、王都の守りは薄くなる」

 淡々と告げる声は、逆に不安を増幅させた。

「その隙に、最後の贄を……」

 ウェントワースがシェイルの意図を読み取り、ちらりと凛子へ視線を寄こす。

「王都に囮を置く。そして、さらに囮として部隊を出す。二重の囮策だな」

 淡々とした口調の裏に、皮肉の色が混じっていた。


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