扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 討伐隊が王都を発って、五日が経過。
 定期連絡として記録されている内容は、ほぼ箇条書きで単語が連なっていた。部隊はゼリアス山脈へ向かっている――形式上は、そう記されている。だがその行間は、徐々に厳しくなる自然の牙を、淡々と告げているように思えた。

 季節は冬の入口。
 山脈は既に白い息を吐きはじめ、雪の層は行軍のすべてを遅らせているようだ。
 執務室で報告書を読み終えた凛子は、ふっと小さく息を落とした。

「……気温低下、強風による視界不良。本日の行程――予定の半分」

 簡潔な文面が、逆に過酷さを際立たせる。

 皆は無事だろうか。
 カトレアは。
 シェイルは――。

 胸あたりが、薄氷のように軋む。
 凛子は机上の腕輪に触れた。シェイルが残していった、寡黙な守りの証。

「カミーヤ」

 扉を叩く軽い音とともに、ローワンが姿を見せた。

「最新の報告です」

「ありがとうございます」

 書類を受け取りながら尋ねた。

「ローワンさんの方に届いた報告ではどんな様子ですか?」

「……静かだそうです。魔物の出現数も、減少傾向」

「減少……?」

 凛子は少し眉を寄せる。

「あれ、封印が弱まっているなら、逆に増えるんじゃ?」

 もたされた知らせは、出発前に彼らが纏めていた予測を裏切っていた。
 ローワンは沈黙し、思案の影を瞳に宿す。

「不気味ですね」

「ええ。嵐の前の静けさ、みたいなやつでしょうか」
 
 叡智の塔の一室は、深い夜色の魔術光に満たされていた。
 ラストゥーリャとエイゼルが、術式の反転痕を前に黙々と検証を続けている。
 と、いっても主にラストゥーリャが、である。
 エイゼルは魔力供給源として、その力を提供していた。

「……また、書き換えた箇所が元に戻されています」

 ラストゥーリャの声は静かだが、その奥に鋭い苛立ちが潜む。

「どう考えても、術式の構造を、完全に理解している者の手口です。まるで私の癖まで読まれているようだ」

 エイゼルの脳裏に、嫌な想像がよぎった。

「それって……犯人が、塔主の教え子とか……?」

「あまり考えたくはないですね。しかし――全員の行動記録は洗い出しましたし」

「じゃあ、学術庁の誰か、とかでしょうか?」

「それも、念のため再度、確認したばかりです」

 部屋に、行き詰まりの温度が落ちた。
 そこに軍部から、凛子とローワンが連れ立って顔を覗かせた。

「リィン」

 エイゼルの声に、凛子がひらひらと手を振る。

「込み入ってます?」

「いいえ、大丈夫ですよ。報告書でしょうか?」

 手を止めたラストゥーリャが、訪問者たちに、座るよう勧める。

「はい、本隊からと補給隊からの」

 ローワンが状況を丁寧に整理するように説明をすると、塔主の執務室は、再び重たい沈黙に支配された。

「無理をすると視点が狭くなりますね、一度頭を白紙にしないと」

「でも……」

「休むのも、また、仕事ですよ」

「この後、蒼月亭に顔を出しに行く予定なので、ぶらぶら歩きながら行ってみます」

「あ、じゃあ俺、実家に荷物取りに行きたいし、護衛に入る。ローワンさんも行く?」

「いえ、私の本日の業務はここまでとさせていただきます。子供がそろそろ……」

 ローワンは、少しだけ後ろめたそうに凛子に視線を寄こし、眼鏡の縁を押し上げる。

「生まれる予定なので……」

「それは! 帰らないと! 大事!」
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