扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

 粗末な机の上に、固いパンがひとつ置かれている。
 レンガみたいな手触り。
 柔らかくするためのスープ類が無いのは、嫌がらせだろうか。
 歯が折れるかもしれないじゃない。

 ……まぁ、食べれるなら食べとこう、と凛子は心の内で思う。
 こんな状況でも、食べられる時には食べる。
 脳に糖分を行き渡らせるには、固いパンたった一つでも充分だ。

 そしてためらいなく、噛みついた瞬間、少し先の床が、轟音とともに崩れ落ちた。

「えっ、待って、よ」

 悲鳴と石の破片が飛び散り、凛子は反射的に身を丸める。
 舞い上がる砂煙。パンが手元から転がり落ち闇に消えてゆく。
 崩落した床下から――黄金の髪が、猛々しく躍り上がった。

「リィン!!」

「え……!?」

 続いて、黒衣の護衛たちが影のように跳び出し、最後にラストゥーリャとエイゼルがよじ登る。

「助けに来ましたよ」

 ラストゥーリャが静かに告げた。
 

 建物を突如襲った不可解な衝撃に、凛子が捕えていた部屋へ駆けつけたヒューゴは、室内の惨状と新たな侵入者を目にして、即座に身を翻そうとした。逃亡に全てを賭ける速さ。けれど。

「……遅い」

 ラストゥーリャの低い声が、鋭く刺さる。
 魔力の鎖が、空間から伸び、瞬きより早く、ヒューゴの四肢を絡め取る。

「がっ――!」

「貴殿に選択肢はありません。あとは法に委ねましょう」

 冷徹な言葉。抗う隙すら与えない捕縛術。
 ヒューゴは床へ叩き伏せられ、動けなくなった。

「リィン、怪我は!? 傷は!? パンは!?」

「パンは別に……」

 あまりにも目まぐるしすぎる展開に、凛子は苦笑した。

「あの、ミアリエル、様。お久しぶりです」

「ミリィでしょ! わたしたちミリィとリィンの中の筈よ」

「み、ミリィ、ありがとう」

 その一言に、ミアリエルは胸を張った。

「当然でしょ。友達なんだから!」

 想像の斜め以上をいく少女の様子に、凛子は僅かに口元を緩めた。
 まるでいつかの再現のようだ。
 この少女は唐突に自分の前に現れ、全てを物理的に崩壊させて、解放してくれたのだ。今回も。
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