扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

 急造の戦略会議室には、戦場の緊張と政治の思惑が混じった空気が渦巻いていた。

 長机の上には、ロマーヌ公国の地図と国境沿いの部隊配置図が広げられている。
 ミアリエルは成人式で授かったばかりの席に王室議会付き顧問官補佐として、その末席にぎこちなく座っていた。軍服でも甲冑でもない、淡い色の式典服が場違いに思えた。

「ロマーヌ公国内での内乱……そして帝国軍が国境を突破したとの報です」

 報告役の若い騎士が声を震わせながら続ける。

「敵の主力は、帝国西方方面軍第七機甲集団。偵察によれば、わずか三日で国境都市を制圧……。このままでは――ロマーヌは陥落します」

「準備が整う前に、王都まで到達するだろうな」

 左将軍。つまりアゼリアス聖王国軍を統べる大将軍たる、カインズ老公の冷静な声が遮った。年季の入った鎧が、灯火に重く光る。

「救援要請は?」

 中将軍ファスト公の続けた問いかけに、ミアリエルは、思わず前のめりになる。

「正式文書がトゥリローゼを通じロマーヌ公国より……届いております。しかし、内乱の発端が王位継承争いである以上――外交上の火種に」

「ぇ……そんな理由で見捨てるの……?」

 思わず漏れた声は、震えていた。

「ミアリエル」

 刹那に兄の顔を張り付けた将軍が、諭すような声で制した。

「これは戦。理想だけでは国は守れない」

 ミアリエルは拳を握る。
 爪が掌に食い込み、痛みで少し冷静になった。

 そのやりとりを、居並ぶ軍の将軍、騎士たちが表情を変えず見ている。
 若い王女の熱意など、戦争の数字に換算できないものだと理解しているから。

「問題は、帝国軍の動きですな」

 アゼリアス、トゥリローゼ、ロマーヌ、イズラル。
 大陸の勢力図を睨みつけ、ファスト公が国境線を叩く。

「ロマーヌを飲み込んだのち、トゥリローゼそして我が国もいずれ侵すと見るべきでしょう」

「無論、座って待つつもりなら、このように貴殿らを招集しておらん」

 王が、この場において初めて、重々しく口を開いた。
 同席していた皇太子であるラエルも同意するよう頷く。

「アゼリアスは長らく安寧の国。それは同時に大陸において最も武力に秀でているからに他なりません」

「新興国の伸長は、大陸経済を広げるうえで一定の意義を持っていたといえよう」

「ですが、戦火を広げることによって生み出される利益は、安寧からは程遠い」

「お待ちください、国内の防備も同時固めるべきかと」

 ファスト公は、冷静に言う。

「終末信仰の件が、まだ解決していません」

「確かに……」

 ラエルは、考え込む。

「外敵と内憂。厄介だな」

「兄上、内憂については、私が対処します」

 声をあげたのはシェイルだった。

「お前が?」

「はい。部隊の一部を、国内警備に回します」

「しかし、それでは前線の戦力が――」

「問題ありません。むしろ、後顧の憂いを断つことが、勝利への近道」

 ラエルは、暫しシェイルを見つめた。その瞳には職務を全うしようという、確固たる意志が見える。

「わかった。お前に任せる」

 兄弟の会話を静かに聞いていた王が、場を纏め上げるよう声を上げた。

「それでは――表向きはトゥリローゼ救援を名目に、帝国軍の進軍を阻止する。裏側からディエル……聖王庁からの呼びかけも」

 王の意図を汲んで大将軍が立ち上がった。

「部隊を三つに分ける。南部防衛、中央救援、そして――」

「遊撃部隊は引き受けます」

 シェイルが即答した。

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