扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

 赤い髪の少女が、いつかのようにこちらを睨みつけていた。
 新年を迎え、正式任官されたエイミーレイ・カインズ。
 大将軍カインズ老公の孫であり、凛子と同じく秘書官の立場である。
 
「わたくしが、こんな穴倉みたいな部屋で生活するなんて」

「一応……最初の一年はそういう規則みたいですよ?」

 困ったように眉をさげる凛子に向かって、エイミーレイはフンっと鼻で笑う。
 
 通りがかったカトレアに窘められるまで、半ばストライキのように、軍官舎の一室の前の壁面から一歩も動かなかったエイミーレイは、カトレアによって物理的に室内に放り込まれた。

 これで軍官舎の女性専用階は、カトレア、凛子、エイミーレイが入室する。
 凛子自身も、任官して一年経過するのはまだ先の話なので、暫くはこの隣人とも、仲良くやっていかなければいけない。

 既に運び込まれてある調度品は、凛子の部屋とは対照的に煌びやかなものだった。
 それでも、収納が少ない、狭い、窓が小さいなどぐちぐち言っている。

「こんな、男だらけのむさい場所に、わたくしが!」

「自身で軍を希望したのだろう?」

 カトレアが無言で、巨大なうさぎのぬいぐるみを押し付けると、少女はぎゅっとそれを抱きしめ、顔を埋めた。

「一人で寝られません……こんな所」

「隣室には私もリィンも居るのだが」

「誰も居ない部屋で寝た事ないんですもの!」

 ぬいぐるみの耳をくしゃりと握りしめたまま、エイミーレイは拗ねたように呟いた。

「……ほんとうに、一人では眠れないのですわ」

「じゃ、じゃあ今日は……三人で寝ますかっ。女子会ですね」

 そう言ってしまってから、凛子は自分の言葉に少しだけ赤面したのだが、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべたエイミーレイは、こくんと頷いた。
 カトレアが口元を押さえて小さく笑う。

「部屋の狭さを嘆いていた割には、急に都合が良いことを言うな」

「だ、だって! 明かりを消したら絶対に何か出ますもの!」

 エイミーレイは声を潜め、ちらと周囲の空気を探るように目を細めた。

 急遽、予備のマットレスをエイミーレイの部屋に並べ、カトレアは空間が和むように数々のぬいぐるみを運んできた。凛子の知らないぬいぐるみもあり、どうやらまた新作が出来たらしい。

 室内の四隅に備え付けられている灯りは消したが、枕元に小ぶりなランタンをいくつか並べると、エイミーレイは納得したように布団にもぐりこんだ。
 凛子は、若き新人を落ち着かせるために、愛用している香油を持参し、枕元に一滴たらした。

「それは?」

「えっと任務で行っていた蒼月亭で貰った香油です。結構お気に入りだし安眠出来るので」

「随分と、変わった匂いですわね」

 エイミーレイがくん、と鼻を寄せる。

「リィン」

 カトレアがふと、鋭い眼差しで囁いた。

「お前……最近、何か妙な夢は見ていないか?」

「えっ……」

 むしろ何も見ない。ずっと夢を見ていない。見ても忘れてしまっていて――。

「任務で行っていた蒼月亭とは、何の話だろうか」

「何のって、閣下の囮作戦で、協力してもらった蒼月亭の女将」

「まてまて。囮作戦というのは、通り魔事件の際の話か?」

「はい、蒼月亭のリゼットさん。閣下が懇意にされてたから」

 エイミーレイが「初耳ですわ!」と跳ね起きる。

「シェイル殿下がお若いころに通われていた娼姫は月影亭リザレイさん……では?」

「――私もそう記憶している」

「……ちょっと待ってください」

 凛子は息を呑む。
 シェイルが懇意にしていた女性の名前が、二人の記憶と違う――?

「ええと……その、蒼月亭の……」

 言いかけたその時。

 ふわり、と。
 枕元の香油から――何かが立ちのぼった。

「っ――!」

 カトレアが即座に凛子の腕を引き寄せる。
 エイミーレイも目を見開き、布団を蹴って飛び退いた。

 ランタンが、揺れる。
 影が、伸びる。

「なにいまの」

 エイミーレイが震える声で叫んだ。

「わからん!」

 カトレアが懐から短剣を抜き、手近にあったぬいぐるみの腹を裂き、匂いのする瓶を押し込め、簡易結界を張る。

 凛子の頭の奥で何かが崩れ落ちた。
 香油は、安眠のためのものではなかったというのか。

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