2Kの君~終電帰りの限界OL、2Kの扉を開けたら異世界騎士の部屋でした
第二章
彼女の休暇、彼の日常
「凛子さーん。見本誌あがりましたよ~」
元気な声とともにデスクに置かれた雑誌を、凛子は手に取る。
確認の為ぱらぱらとページを捲っていた手がとある頁で止まった。
「あー、この号か」
企画が正式に通ったのは夏の終わりだ。そして年が明けて暦は一月末。世の中にごまんと居る学生たちが、長い春休みに突入するこの時期の発売に合わせるのが妥当、と言う意見から十二ページ分の特集が組まれた。
見開きページの写真に指を滑らせる。
いつかどこかで見た配色。
「古城ホテルに泊まりたい……ねぇ」
あの、不可思議な体験。久しぶりの二連休を、一緒に過ごした男の顔を思い出す。スマホのストラップ代わりに揺れる銀色のチャームは、百合の紋章と十字架を合わせた様な意匠で、なかなか凝った創りをしている。人差し指で、それを弾いて溜息一つ。
「元気にしているかな」
答えを待つ言葉では無い。凛子は、スマホをカバンに投げ込むと立ち上がる。そろそろ出ないと打ち合わせに遅れてしまう。ホワイトボードに行き先を書き込み、少しだけ考えた後、矢印を引っ張ると直帰の二文字を書き加えた。
街中はバレンタイン商戦の真っ只中である。
先方への手土産として洋菓子店の生チョコレートを一箱購入した。
それから、小ぶりなサイズの物を自分用に。
そういえば、チョコレートに一番合うと話題のワイン、ヴィラジェンマは、あの最後の晩餐の際に空けてしまった。去年もチョコレート売り場で購入したのだから、どこかに有りそうだ。
混みあう通路を縫いながら目的のものを、難なく見つけ、どんな乙女なのだ。と自分に突っ込みを入れる。恐らく、複雑な思いで編集していた特集ページを先ほど見たばかりだからだ。
銀色のチャームは、彼女にとって既にそこに在るのが当たり前であり、紋章を見たからと言ってあの週末に思いを馳せる事は無い。しかし、立て続けに彼の記憶をなぞる様なキーワードに触れて、感傷的な気分になっている感は否めない。
偶然は重なるもので、奇しくも明日、明後日は久しぶりの二連休である。
折りしも大寒波が押し寄せてきていて、冷たい雨は今にも雪に変わりそうだ。
週末は引き篭もってゆっくり過ごうか。
ああ、そろそろ掃除もしないといけない。
売り場を抜けて、私鉄の改札へと向かう。
「雪まじりになってきたね!」と、すれ違った学生があげた声に、凛子はなんとなくストールに首をうずめ、パスケースを探ろうとカバンを持ち直そうとした時だった。
立ちくらみにも似た感覚。
ぐらりと揺れた視界が真っ白になる。
「………………………………」
どのくらい、呆然としていたのか判らない。
目の前に広がる光景は、白、白、白。
うなる風がコートの裾を翻す。頬を絶え間なく濡らす氷の結晶。横殴りに降る――降ると言う表現が正しいのかは判らないが――雪をみるのは、初めてである。
行き交う人は、みな一様に雪嵐から逃れるよう体を縮こませている。誰かの体がぶつかり、凛子はふらつく。視線の合った人物は、謝るように小さく頭を下げた。気にするな、と微笑もうとしたのだが、寒さで強張った表情はうまく動かせない。それでも最初の一歩を踏み出すと、石畳にブーツのヒールがひっかかり、凛子は妙な体制で動きを止めた。
――石畳。
足元は駅構内の無機質な床ではない。ぎくしゃくと左右を確認すると、判然としない視界の中で、三角屋根が可愛らしいビクトリア風の建物が並んでいるのが見える。こんな悪天候にも関わらず、だぼっとした防寒着を身に着けた人通りは急ぎ足だがそこそこある。
がらがらと横を通り過ぎる荷馬車の音に驚いた凛子は、慌てて道を譲る。先へ行く馬車を目で追うと、一瞬だけ弱まった風の中、白灰色の空へと突き抜ける尖塔が見えた。
高らかに鳴り響く鐘の音に続いて、切りつける突風。
「ええええええええええええええ」
そうして凛子はようやく、驚愕をのせた声をあげた。
◇◇◇
とりあえず寒い。寒いなんて生易しい物じゃない。
冷えた空気は肌を切りつけるような痛みをもたらす。
此処が何処なのかは判らないが、つい先ほどまで自分が居た駅では無いことだけは確かである。何が起こった?……までを考える余裕は無く、吹雪く世界に向け凛子はともかく歩き出した。
石畳に積もりゆく雪で、足元はかなり不安定だ。二度ほどすっころんでしまった。たまりかねて近くにあった建物に飛び込み、凛子はそっと溜息を吐く。皮製のブーツの爪先は濡れてしまったようで冷たい。
室温で解けた雪がぽたぽたと雫になる。店内で何かの作業をしていた女と目が合い、凛子は曖昧に微笑む。何か話しかけられたのだが、言葉が判らなかった。返事をせず愛想笑いを浮かべている凛子に、多少の警戒の色を見せながら、女が近づいてくる。
また何かを話しかけられ、凛子は観念したように「すいません」と頭をさげた。
元気な声とともにデスクに置かれた雑誌を、凛子は手に取る。
確認の為ぱらぱらとページを捲っていた手がとある頁で止まった。
「あー、この号か」
企画が正式に通ったのは夏の終わりだ。そして年が明けて暦は一月末。世の中にごまんと居る学生たちが、長い春休みに突入するこの時期の発売に合わせるのが妥当、と言う意見から十二ページ分の特集が組まれた。
見開きページの写真に指を滑らせる。
いつかどこかで見た配色。
「古城ホテルに泊まりたい……ねぇ」
あの、不可思議な体験。久しぶりの二連休を、一緒に過ごした男の顔を思い出す。スマホのストラップ代わりに揺れる銀色のチャームは、百合の紋章と十字架を合わせた様な意匠で、なかなか凝った創りをしている。人差し指で、それを弾いて溜息一つ。
「元気にしているかな」
答えを待つ言葉では無い。凛子は、スマホをカバンに投げ込むと立ち上がる。そろそろ出ないと打ち合わせに遅れてしまう。ホワイトボードに行き先を書き込み、少しだけ考えた後、矢印を引っ張ると直帰の二文字を書き加えた。
街中はバレンタイン商戦の真っ只中である。
先方への手土産として洋菓子店の生チョコレートを一箱購入した。
それから、小ぶりなサイズの物を自分用に。
そういえば、チョコレートに一番合うと話題のワイン、ヴィラジェンマは、あの最後の晩餐の際に空けてしまった。去年もチョコレート売り場で購入したのだから、どこかに有りそうだ。
混みあう通路を縫いながら目的のものを、難なく見つけ、どんな乙女なのだ。と自分に突っ込みを入れる。恐らく、複雑な思いで編集していた特集ページを先ほど見たばかりだからだ。
銀色のチャームは、彼女にとって既にそこに在るのが当たり前であり、紋章を見たからと言ってあの週末に思いを馳せる事は無い。しかし、立て続けに彼の記憶をなぞる様なキーワードに触れて、感傷的な気分になっている感は否めない。
偶然は重なるもので、奇しくも明日、明後日は久しぶりの二連休である。
折りしも大寒波が押し寄せてきていて、冷たい雨は今にも雪に変わりそうだ。
週末は引き篭もってゆっくり過ごうか。
ああ、そろそろ掃除もしないといけない。
売り場を抜けて、私鉄の改札へと向かう。
「雪まじりになってきたね!」と、すれ違った学生があげた声に、凛子はなんとなくストールに首をうずめ、パスケースを探ろうとカバンを持ち直そうとした時だった。
立ちくらみにも似た感覚。
ぐらりと揺れた視界が真っ白になる。
「………………………………」
どのくらい、呆然としていたのか判らない。
目の前に広がる光景は、白、白、白。
うなる風がコートの裾を翻す。頬を絶え間なく濡らす氷の結晶。横殴りに降る――降ると言う表現が正しいのかは判らないが――雪をみるのは、初めてである。
行き交う人は、みな一様に雪嵐から逃れるよう体を縮こませている。誰かの体がぶつかり、凛子はふらつく。視線の合った人物は、謝るように小さく頭を下げた。気にするな、と微笑もうとしたのだが、寒さで強張った表情はうまく動かせない。それでも最初の一歩を踏み出すと、石畳にブーツのヒールがひっかかり、凛子は妙な体制で動きを止めた。
――石畳。
足元は駅構内の無機質な床ではない。ぎくしゃくと左右を確認すると、判然としない視界の中で、三角屋根が可愛らしいビクトリア風の建物が並んでいるのが見える。こんな悪天候にも関わらず、だぼっとした防寒着を身に着けた人通りは急ぎ足だがそこそこある。
がらがらと横を通り過ぎる荷馬車の音に驚いた凛子は、慌てて道を譲る。先へ行く馬車を目で追うと、一瞬だけ弱まった風の中、白灰色の空へと突き抜ける尖塔が見えた。
高らかに鳴り響く鐘の音に続いて、切りつける突風。
「ええええええええええええええ」
そうして凛子はようやく、驚愕をのせた声をあげた。
◇◇◇
とりあえず寒い。寒いなんて生易しい物じゃない。
冷えた空気は肌を切りつけるような痛みをもたらす。
此処が何処なのかは判らないが、つい先ほどまで自分が居た駅では無いことだけは確かである。何が起こった?……までを考える余裕は無く、吹雪く世界に向け凛子はともかく歩き出した。
石畳に積もりゆく雪で、足元はかなり不安定だ。二度ほどすっころんでしまった。たまりかねて近くにあった建物に飛び込み、凛子はそっと溜息を吐く。皮製のブーツの爪先は濡れてしまったようで冷たい。
室温で解けた雪がぽたぽたと雫になる。店内で何かの作業をしていた女と目が合い、凛子は曖昧に微笑む。何か話しかけられたのだが、言葉が判らなかった。返事をせず愛想笑いを浮かべている凛子に、多少の警戒の色を見せながら、女が近づいてくる。
また何かを話しかけられ、凛子は観念したように「すいません」と頭をさげた。