扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
◇◇◇

「似ていますね」

「へえ」

 ラストゥーリャの答えを受け、ディエルが細長い物を摘み上げる。

「一度、見せてもらったことがあります」

「シェイルは、ほんっとトゥーリャに懐いてるねえ」

「単に、構造を研究しろという意味合いでしょう。新しい術式を思案するのは、私の趣味ですし。構成を描くのも好きですし」

 叡智の塔主は書棚の中から、一冊の本を手にすると開く。

「これです。内側の筒に墨と油を混入させた物をいれ、圧力をかけることによって、微量のインクがペン先へ伝わります」 

 設計書らしき図が描かれているページに目を落とし、ディエルは「この理論だと、墨壷を袖にひっかけるという事故も起こらないだろうね。開発は?」とあっさり答えた。
 
 因みにエイゼルに至っては、ラストゥーリャの言葉の半分も理解できていない。

「途中でシェイル様から、中止の意向を……学舎の稟議が通ったばかりで」

「ああ、リズエル(皇太孫)が生まれた頃か……アレも馬鹿だねえ。で、片棒を担いだトゥーリャは大人しく引き下がったってわけ」

「私も出すぎて打たれたくは有りませんからね。時期尚早だっただけですよ。そのうちに――と」

「なら、これを時期にしてもいいかもしれない。ね、エイゼル」

「ええっ!? は、はい」

 唐突に話をふられたのだが、エイゼルには彼らの話にまったくついていっていない。
 凛子の持ち物から、なぜ皇太孫の名前が出てくるのか、はたまた学舎の話題になるのかが見当つかない。

 机の上に並べられた物を、エイゼルは眺める。

 紙袋に入っていたのは、先ほども目にした物より小ぶりな大きさの装飾箱。
 鞄に入っていたのが、こげ茶色の長財布。中身は見たことの無い三種類の紙幣と硬貨が六種類。
 財布と同じ意匠のカヴァーがかけられた冊子。掌サイズの四角い入れ物には、恐らく化粧品の類。
 透明な何かの間には恐ろしく上質な手触りの紙束。

 細長い赤い入れ物の中に細い棒状のものがいくつも納まっている。
 黒き賢者の言を借りると、筆記用具の類だろう。

 それから彩り鮮やかな書物。
 驚くべきことに、一枚一枚の紙は非常に薄く、風景をそのまま切り取って貼り付けたような、写実的な絵が散りばめられている。どことなく、彼女に似た雰囲気をした娘の姿絵も多く。
 用途は不明だ。

「ねぇ僕はこれらの持ち主は――記憶の愛しの君(シェイルの初恋)。じゃないかと思うんだよねえ。ただの予感だけど」

 並べられた道具が、所謂魔術を基礎とした呪いに関連する物なのかどうか、ラストゥーリャと一通り確認し終えたディエルは、緩慢な動作で頬杖をついた。

「…………」

「ねえねえ、そういえばシェイルの扉はどうしたの?」

「どうしたも……あれ以来封印されていますよ。癇癪を起こされて折られましたしね。塔の保管庫に残骸ならあると思いますが」

「ふうん、何でだろう。書き換えたりはしてないんだよねえ。僕のも結局書き換えてくれなかったし」

「――嫌ですよ。今度は私が封印されてしまう」

「さてさて、慶兆を呼ぶものか災禍を呼ぶものか、どちらだろうね」

 今度は第二王子の名前まで、飛び出した。

 エイゼルは、ラストゥーリャとディエルの如何ともしがたい横顔に、なんとなく、面倒な事に片足を突っ込んでしまったかもと、ぼんやり思う。
 
 しかし事態は、エイゼルの予想を遥かに超えた広がりを、見せていったのだ。

 彼は、今でも時々思い出す。
 彼女を巡る災厄と災難。
 ひとがひとたるが故の、不完全さ。そして生きる意味。
 それから、嫌がおうにも巻き込まれた自分。
 だがしかし、あの時の邂逅を後悔はしていない。
 と、思う。
 …………たぶん。


第二章 彼女の休暇、彼の日常 <了>

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