扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

 薬缶が柔らかな湯気をたてはじめたのを確認し、戸棚から茶葉の入った小瓶を取り出した。オレガノに似た形状の葉をティカップに折り入れ熱い湯を注ぐと、やがて薄紅色に染まる。

 随分変わった飲み方だとは思うが、ここではこれが当たり前。茶一つ淹れる事も出来なかった一週間前が信じられない程の手際の良さである。

 少しずつ、こちらの――シャールの居るであろう――世界に触れ始め、馴染みつつあるのもまた事実だった。この先どうなってしまうのかは全く想像がつかない。安寧、もしくは隠居。という単語がよく似合いそうな酪農家の老人と少年の厚意に甘え、仕事を手伝う。

 言葉を少しずつ覚え、こちらの常識や風習を覚え、兎も角、シャールにどうにかして会って、事情を説明し帰らなければ。と云っても手がかりを掴める気配は今のところなく。結局同じ答えに行き着いた。

 今すぐどうにかなる問題じゃない。

「ただいまー! お義父さん! リィン!」

 少年が騒々しく駆け込んでくる。

「おかえりなさい、ニル」

 続けて飛び込んできた白い犬が室内をぐるりと回って、床に伏せる。

「ゼレスの堤もなんとかなったらしいって村の人たちが言ってたよ! 予定通り今日街に行けるよね?」

「華宵祭の買出しもしておかないといけないしね。リィンの物も必要だろう。いつまでもリリゼのお古じゃかわいそうだ」

「姉ちゃんにも早くリィンを会わせたいな! オレ着替えてくるー!」

 ばたばたと自室に向かう小さな背中を見送って、凛子と老人は顔を見合わせて笑った。
 どうやら今日も、平和な一日がはじまりそうだ。

 いつもと違うのは、家事と家畜の世話を手伝うのではなく、クァルツという所に出掛ける。
馬車で行くと行っているのだから少なくとも村では無いのだろう。
 それだけを理解し、凛子もまた外出する為に準備を始めた。
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