扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 街中を進んでいた荷馬車が小さな建物に横付けされる。建物の後ろには、大小の馬車が停留している。ロサ老人に促され凛子は馬車を降りた。石畳の足元に雪の欠片もない。クァルツへの道中、段々と景色の中に緑が増えたなとは思っていたが、街中にまったく積雪していないのも不思議な感じがする。
 
 キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回す凛子の横で、少年と老人は何か会話を交わし、ロサ老人から片手ほどの袋を手渡された少年は得意げに「じゃあ正午の鐘が鳴る頃、姉ちゃんの所で合流な」と胸を張った。

 ここから別行動になるのか、少年の頭をぽんぽんと叩き、凛子に微笑むと老人は馬車預かり所の横にある建物へ入っていく。凛子はニルに手を引かれ、目抜き通りを進み始めた。

 やがて、カァーンカァーンと石を打つ音が響いて来た。
 目抜きの最奥には、先日も見た教会風の建築物がある。

 少し違うのは、尖塔の数が四つに増えている事と、左手側に三階建ての高さを持つ大きな建物が延々続いている点だ。石を打ちつけている音はそこから聞こえていた。建物の外側の一部分に足場が組まれ、不安定な場所で修復の作業に励んでいる人達が見える。

「あそこが学舎姉ちゃんはここで勉強してるんだ」

 ニルの言葉を凛子は繰り返す。

「……ガクシャ」

 凛子の反応に、少年は暫し考え、本をぺらぺら捲る仕草をし生真面目な顔で、空中にペンを走らせた。

 言葉が判らずとも単純に目に映るものの単語を覚えるのは、それほど難しくは無い。例えば室内にあるものの名詞。家具や食器、食べ物。生活する際に使用される最低限の挨拶や動詞。

 しかし動詞や形容詞と名詞を組み合わせた物を、言葉を解さない人間に説明するのは、困難である。ニルが進んで行動を共にしてくれる事に凛子は感謝していた。子供は柔軟な思考を持っている。ニルの仕草で、なんとなくだが、凛子には“学舎”が何であるのか、理解できたからだ。

「ガクシャ、イク?」

 同じく生真面目な顔で問い返した凛子に、少年は満足そうに頷いた。

「お昼にね。姉ちゃん運悪く休日当番なんだってさ。せぇーっかく祝祭週間入ったっていうのに。この前の雪嵐で屋根がぶっ飛んだから、講堂内の大掃除なんだって、ぐちぐち手紙に書いてあった。」

 拾い上げられた単語は雪と屋根と掃除である。

「だから、それまでに買い食い――じゃなくって、買い出しね」

 心から嬉しそうに続ける少年が、言い直した言葉の意味を凛子が知るのは、もう少し後の話だ。

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