扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
 聖王騎士団クァルツ支部長を務めている男は、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()を迎え入れ、微妙な顔をした。

 友人の弟である。
 若い頃、それなりに暴れていたその男を、レイモンは、数度、正義と愛と友情の名の元に鉄槌を下したことがあった。いつからか、間諜紛いの事をしはじめ、小金を稼いでいるのは知っている。だが、それはあくまでも裏の仕事であり、表の世界の象徴とも云える騎士団とは一切関わりが無い。

 挨拶の口上を述べた後、思案するように身体を揺らしたその男を眺め、頬を掻く。

 「お前……自分から軍部に顔出すってぇ……面倒ごとにでも巻き込まれたか?」 

 「うっ……」

 実に的確に自分の置かれている状況を表現しているその言葉に、エイゼルは言葉に詰まった。

 祝祭週間に入る前までに、例の娘の足跡に関して、何らかの手掛かりを得ようと、サルスェから王都までの主要都市と主な地方都市を回り、手ぶらで王都に戻ったのが午前中。

 叡智の塔主に小言を言われるのを覚悟していたのだが、予想は裏切られ、黒き賢者にしては慌てた様子で、クァルツに向かえと命じられた。

 曰く「探索にひっかかったのは良いが、余計なことをしでかしたヤツがいるからどうにかしてこい。可能ならば軍に介入させるな。あくまでも私事なのだから」

 「――これだろ」

 ひらりと一枚の皮紙を寄越される。
 公的文書ではなく、エイゼルがよく取り扱っている私的文書だ。

 見覚えのある筆跡は、まさか縁付くとは思わなかったディエルの物に違いない。
 貴族たちの好みそうな美辞麗句の散らばる、その手紙を読み進めるうちに「わわわわわ。でも、何て説明すれ――あああああ」と、落ち着き無く首を横に振ったのち、がくりと肩を落とした。

 きりきりと痛む胃を押さえながら、必死で言葉を探す。

 元来、エイゼルは内政には興味がない。

 報酬が良ければ危険な橋を渡らないことも無いが、兎も角目立つような事を進んでやろうという意識は無かった。中央は長兄次兄に任せれば良いし、所領に関してもいまだ矍鑠としている父親が采配を振るっている。

 若さゆえの過ちへの悔恨は、国を裏方から支える一部分に力を貸していると云う自己満足で、少しは晴らされていた。

 然しながら、この一週間で、エイゼルの環境はかなり変化した。

 現皇太子の弟達――王位継承者でも高位に位置する光雷の騎士から、無言の恨みを伝えるように目を眇められる事や、大司祭猊下から直接言を賜り、更には特命を受ける様な未来予想図は、エイゼルの描いていた物とは、真逆をいっている。

 いずれは蓄えた財産で、可愛らしい娘を妻にし、市井の生活に紛れる――というささやかな夢とは。

「あのですね、閣下。これはだいぶ齟齬があるように……だいたい捕縛しちゃ駄目……だと思うんです。正しくは、保護という単語がこういう場合適切であって……何で猊下ワザと? あの人やっぱり俺で遊んでいる?」

「まぁお前みたいにイキが良いの猊下好きそうだしなあ。若さゆえにキリキリ尖がっちゃっている所なんて、猊下から見たら犬ころみたいで」

「それ、慰めになっていませんから! とりあえずですね、このお願い(・・・)って正式な物じゃないですし意訳すると――見かけたら宜しくね。程度の物なんで、くれぐれも宜しくお願いします。俺ももう一度街中見てくるんで――」

 外が騒がしい。バタバタと通路を走る足音が続き、執務室の扉が忙しなく叩かれる。

「いやあ、もう遅いかもしれん。うちの若いヤツら優秀だし。最近、やれ堤の修理だー。学舎講堂の修理だー。ばっかりで、自警っぽい事さえしてなかったからなあ」

 レイモンは、涙目になったエイゼルから視線を外し、両腕を頭の後ろで組んだ。

「なんだ~?」

 レイモンの間延びした声に相反する様、室内へと駆け込んできた新米騎士は緊張した面持ちで答える。

「は! 先ほど件の娘を捕縛し、拘留いたしました!」

 明瞭快活。その報告に、エイゼルは蒼白になって声を失う。

 この時ほど探索魔術に関して、もう少し研鑽を積んでおけば良かったと、後悔したことは無い。

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