扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました


 ひと月が過ぎふた月が過ぎ、三月が過ぎ、とりあえずの措置として凛子の戸籍が用意された。ご丁寧に縁故付きである。面倒なそれを引き受けてくれたのは迷子の娘と同じ髪色、瞳をしたラストゥーリャ・ウル・ハルス・シータだった。

 ラストゥーリャの母方の曾祖父の従姉妹の娘の別大陸へ嫁いだ娘の娘という、家系図を頭で描くのが少々困難な位置どころに、リィン・カミーヤという存在がねじ込まれたのだ。

 一足先に出仕するラストゥーリャを見送り、凛子は自室に戻り身支度を整える。

 先日、初めて貰った給金で薄手のコートを仕立てたばかりだった。
 オートクチュールなんて贅沢すぎると思ったのだが、こちらの世界では、プレタポルテの物が殆どなく、自分で仕立てるのが常識である。自ら仕立てる技術の無い凛子は、なけなしの給金を秋冬用の衣服を整える為に使った。

 衣食住のうち住む所と食べる事はおんぶにだっこなのだから、贅沢は言ってられない。そのうちもっと時間を有効的に使える様になったら、洋服を仕立てる事にも挑戦してみようと思っている。そんな考えに、つい苦笑を漏らした。随分と馴染んでいる。

 王宮を望む一等地。王都の最も王宮寄りは貴族の別宅が建ち並んでいる。叡智の塔に籠もりっきりなのだとばかり思っていたラストゥーリャもまた、遠縁の娘を預かったのをきっかけにシータ家の別宅で週の半分以上蟄居する様になった。

 ちなみに今も尚、現役である祖父公爵が治めている所領にある本宅には、久しく帰っていない。年若い娘が別宅に出入りしているのは、やはり目立つらしく、暫くの間近所でも噂になっていたようだった。

 だがしかしその娘の髪色や瞳の色が黒であるという事実も手伝い、結局、面白そうな結末を持つ話ではなく、単純に彼の人の縁者である、と予測していた通りの話に落ち着いた。それほど、二つの闇色持ちは珍しかった。顔立ちは似ても似つかないのだが、遠縁という言葉は便利である。

 家令に「行って参ります」と声をかけ、凛子も出仕する為に家を出た。
 こじんまりとした邸宅はどこか、実家を思い出させる。手入れされた前庭から門までの距離感が似ているのだ。通りに出てしまえば石畳の道が続き、暫く歩くと王都の中央を貫く目抜き通りへと突き当たる。

 幅広の道は二車線とられており歩道もある。この辺りはまだ貴族の邸宅の立ち並ぶ住宅街だが、もう少し王宮と反対方面へ歩を進めればあらゆる種類の店が立ち並んでいる。実は如何わしい界隈などもあり、その辺りは凛子の知っている都市部とあまり変わらない。

 術の反動でシェイルからの理を流し込まれた影響らしく、改めてこちらの世界に訪れた彼女は、共通語を理解できるようになっていた。理解出来るけれどうまく話す事が出来ない。読めるけれど思う様に書く事が出来ない。もどかしい時を何ヶ月か過ごし、いまでは卒なく使いこなしていると思う。

 エイゼルに言わせれば、文法的におかしな表現をする事もあるけれど、口語としては問題ないとの事だ。余談だが魔力も僅かだけ得た。しかし前回よりか毛が生えた程度にしか増えておらず、凛子自身も魔力云々に関する実感は全く以て無い。魔術具を使用するたびに相変わらず驚いてしまう。

 王宮への道は早朝から賑わっている。謁見を申し込む民や、外宮に出入りする商人といった市井の者達も多い。顔見知りの青年が正門から出てくるのに気がついた凛子は、足を止めた。

「ヒューゴさんおはようございます!」
「おはようございます。リィンさん」

 柔和な顔つきの青年は、緋色の瞳を細める様にして笑みを浮かばせる。

「お出かけですか?」
「今日は夜勤明けなので、これから官舎に戻って少し休むんですよ」
「え、図書院って夜勤あるんですか? わーお疲れさまでした」
「年に一度の目録整理をするんです。陽が一番長い頃ですしね」

 陽が一番長いと言われ、即座に夏至を思い浮かべてしまう自分に凛子は反省する。
 暦や天体に関しては勉強不十分な為曖昧な顔をすると、ヒューゴは別の疑問ととったらしかった。

「夜のうちに整理して、日中は書物の虫干しと書庫の空気の入れ替えをするんですよ」
「それだと痛みませんか? 古書とか」
「重要な物には、劣化防止の術が施されていますから」

 青年の答えに、漸く納得したかの様に彼女は大きく頷いた。

「そういえば、リィンの検索単語に触れている書がありましたよ。向こうの大陸の旅行記なんですが読んでみます?」
「え、本当ですか!?」

 身を乗り出した凛子に青年は首肯する。

「今日の夕刻なら私も再出仕していますし、宜しければ第三書庫までいらしてください。禁書指定にもなっていませんし」
「でもお休みじゃ……」

「睡眠は短時間で大丈夫な性質なんです。それに」

 先日話していた街の酒場行ってみません? と片目を瞑られ、凛子は即答した。

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