扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
黒衣の男が、手を空に差し伸べ低い声で言葉を紡ぎ始める。
それに倣うようディエルも左手を空に差し伸べる。
二人の男によって紡がれる調べは、単純に美しい。
韻を踏み、時に二重の音程へと別れ詠唱が続く。
まるで白昼夢を見ているような感覚に陥る。
こちらを見ることも無く二人の男は言葉を紡ぐ。
凛子の緊張もやや解れ、好奇心が勝った瞬間だった。
異様な光景に、あんぐりと口を開く。
黒衣の男が床に置かれた板に向かって左手を下ろすと同時に、その掌に裂傷が走る。
そして優美に手を差し伸べたディエルの掌にも同様の傷口が開き、鮮血が落とされた。
しかし紡がれる調べは、止むことが無い。
――おかしい! この人たち絶対頭がおかしい!
この状況に立たされ、漸く、心の底から身の危険を感じた凛子は、引ける腰に言うことを聞かせようと力をこめる。ずりずりと窓に向かって、足を動かす。脱出口はただひとつ、窓だ。しかし籠の鳥は、自らその籠を出ることはかなわない。エイゼルが、凛子の腰を浚う。
「ぎゃあああ――――」
担がれ、詠唱を続ける男達の間、血まみれの板の上に荷物のように置かれる。
「いやあああ! 血っ! 血っ!!」
後ろから自分を抱え込む力に抗おうと、もがくけれど、男の力には適わない。
恐慌状態に陥った凛子に、更なる追い討ちがかかる。
エイゼルに掴まれた手首に、裂傷が走った。
「――――なっ……!」
痛みよりも、事実が凛子を打ちのめす。
無理やり切り裂かれた肌。
血塗れた床に転がる自分に対して、右側に白衣の男。左側に黒衣の男。背後にエイゼル。
「っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
だがしかし、次の瞬間、凛子の耳に飛び込んできたのは、理解できる言葉だったのだ。
「ごめん! 本当にごめんねリィン!」
「ああ、これで会話が出来るね」
「その娘の口を塞いで下さい。私は寝不足なんです。頭に響きます」