扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

◇◇◇

 半刻ほどしてエイゼルが星霜通りに着いた頃には、騒ぎは概ね沈静化していた。
 凛子が訪れたであろう店に立ち寄り、既に店を出た後である事を知ると、小さく肩を竦める。彼女の事だからその辺のイイカンジの店で、まだ飲んでいるだろうと安直に考えていた。

 しかし彼の考えは、露天の後片付けをしていた男達の会話で、覆される。

「また出たんだってよ」
「ああ、髪切り魔だろー?」
「なんだって若い女の髪ばっかり切るんだろうな。勿体ねえ」
「そりゃほら、禿の一方的な恨みみたいな。それか鬘用に集めてるとか?」
 どっとした笑い声に、職業柄何となく耳を傾けていたのだ。
「さっき運ばれていった姉ちゃんも黒っぽい髪してたなあ」

 男達に事のあらましを問い質し、漸く王都支部の門を叩いたのは凛子が店を出てから既に一刻半を過ぎたころだった。
 身を明かすとすぐさま小部屋へと案内された。
 簡素な椅子に座って足をぶらぶらとさせていた女が声をあげる。
 
「あー、エイゼル」

 想像よりかは能天気な声に安堵はしたものの、エイゼルは苦渋を飲んだように眉を寄せた。
 凛子は簡素な椅子に座って足をぶらぶらとさせていた。

「……リィン、大丈夫?」
「首はちょっと痛いけど、まあまあ、だいじょぶ」

 言いながら、少しだけぶすっとした表情で髪に手をやった。
 背中まであった黒髪が惨い事になっている。
 鋏を持った幼子が戯れに自分の髪の毛を切ってしまったようなバラバラの毛先は、肩よりも短い。
 その所為で、細い首に残る細い鬱血痕が良く見えた。

「ずっと切ってなかったし、たまにはちゃんと切らないと傷むし……」

 頬を子供の様に膨らませる凛子の姿は、自分の身に起こった事に怯えてるようには見えなかったが、エイゼルは、そこに凛子の強固な心持ちを見た気がした。

 あの日以来、いつだって、どんな時でも、彼女は泣いたりしない。深酒をして酔う姿も、長い事見ていない。同僚として、友人として会話を重ねてきている彼に対しても、本質の部分は上手く隠すように振る舞う。

「明日、仕事行けるかなあ」
「いや、それはたぶんラストゥーリャ様も許さないと思うよ。こんな時間だから応急処置だけだろ? 専門医にきちんと診て貰わないとね」
「むーーーー」

 平静を装う凛子に、エイゼルは気が付かない振りをする。

「それより、キュリーを八杯も飲んだって? 店のオヤジさんが言ってたぞ」
「え、うん。結構好みのお酒なんだもん」

「なんだもん、じゃないよ! 年頃の娘が酔いどれ親父みたいな飲み方」
「それ、ものすっごい偏見だと思いまーす!」

「だいたい女性を口説く時用の酒を、男に勧められるがままに飲むなんて」
「あの位じゃ、酔わないってば。むしろ最初の一杯以外、勧めたのは私の方かな……?」

「それって私貴方にお持ち帰りされる気あります、って言ってるようなもんだろ!? ああいうのがリィンの好みなのかっ? 趣向替えしたな?」
「……趣向とかそもそも無いですー」

 終わりそうも無い軽口の応酬に、部屋の隅に控えていた、まだ幼さの残る騎士の青年が、困ったように何かを言いかけ、結局口を噤んだ。
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